遺産分割の専門知識
相続人
2026.01.05
(1)相続人の範囲と順位
ア.総説
民法は、被相続人と一定の身分関係にある者を相続人とし、その範囲と順位を定めています。
被相続人の配偶者は、常に法定相続人となるとされています(民法890条)。
他方で、子や親、兄弟姉妹等については、優先順位が定められています。第一順位は「子およびその代襲相続人」【民法第887条】、第二順位は「直系尊属」【民法第889条1項1号】、第三順位は「兄弟姉妹およびその代襲相続人」【同条1項2号・2項】です。
すなわち、相続開始の時点に第一順位である子が一人でもいる限り、直系尊属や兄弟姉妹は相続人とはなりません。子がいない場合には直系尊属が、さらに子も直系尊属もいない場合にはじめて兄弟姉妹が相続人となりえるのです。
(ア)子
第一順位の相続人は「子」です【民法第887条】。複数の子がいる場合には同一順位で共同相続し、各人は等しい相続分を取得します。
相続に関する特則として、胎児は生まれたものとみなされ、母体から生きて産まれた場合に相続人となる資格が与えられる旨が定められています【民法第886条】。
また、「子」には、生物学上の血縁に基づく実子のほか、法令に基づいて親子関係が成立した養子も含まれ、両者はともに第一順位として取り扱われます。
a.実子
法律上の婚姻関係にある男女から生まれた嫡出子と、そうではなく出生後に認知により父子関係を取得した子(いわゆる非嫡出子)は、どちらも法律上「子」に数えられ、法定相続分の大小に差はありません。
母子関係は分娩の事実から当然に生じ、父子関係は認知を通じてはじめて成立します【民法第779条】。そのため、婚姻関係にない男女から生まれた子は、父からの認知がない段階では父側の相続については、相続人とはなりませんが、母側の相続については相続人となります【最高裁 昭和37年4月27日判決】。
なお、継親子関係、すなわち先妻の子と後妻の関係のような場合は、一親等の姻族関係となり、その子は継親の実子ではないので、継親の相続人とはなれません。
b.養子
養子は、縁組成立の日から養親の嫡出子としての身分を取得します【民法第809条】。そのため、養親の相続では、第一順位の相続人となります。加えて、普通養子の場合には実親との親族関係も残るため、実親の相続についても第一順位の相続人となります。
他方、特別養子については、実親との親族関係が原則として終了するため【民法第817条の2】、特別養子は実親の相続人にはなりません。
(イ)直系尊属
第二順位の相続人は直系尊属です【民法第889条1項1号】。直系尊属が相続人となるのは、第一順位の子およびその代襲相続人が存在しない場合、第一順位の者が全て相続欠格者【民法第891条】、もしくは廃除により相続権を失っている【民法第892条~第895条】場合、または第一順位の者全員が相続放棄した場合です。
直系尊属には父母・祖父母など上の世代の親が含まれ、配偶者側の父母や祖父母といった姻族は含まれません。直系尊属相互では親等の近い者が優先し、父母のいずれかが生存していれば、祖父母は相続人となりません。
また、直系尊属については代襲相続がなく、親等の近い者が欠けた場合に、より上の世代が繰り上がって相続人となります。
実親・養親の別は問わず、同一親等に複数がいるときは共同相続人となります。
(ウ)兄弟姉妹
第三順位の相続人は兄弟姉妹です【民法第889条1項2号】。兄弟姉妹が相続人となるのは、第一順位(子・代襲相続人)および第二順位(直系尊属)がともに存在しない場合、またはそれらの者が欠格・廃除により権利を有しない場合、または、それらの者全員が相続放棄をした場合です。
兄弟姉妹には、父母が同じ全血と、父母の一方のみが同じ半血があるところ、半血兄弟姉妹の法定相続分は全血兄弟姉妹の2分の1とされています【民法第900条4号】。
兄弟姉妹にも代襲相続は認められますが、子の代襲と異なり、再代襲は認めれていません。
したがって、兄弟姉妹が先に亡くなっている場合には甥・姪が代襲しますが、その次の世代にまで承継が連続することはありません。
(エ)配偶者
配偶者は、上記の各順位の相続人と並んで常に相続人となります【民法第890条】。ここでいう配偶者とは、婚姻届の受理により成立した法律上の婚姻の当事者を指し、社会通念上の婚姻と評価されても戸籍上の届出がない場合(内縁)には相続権は認められません(通説・判例)。
また、配偶者については代襲相続は認められていません。、例えば、夫が死亡したときに、その配偶者である妻が先に亡くなっていたとしても、妻の連れ子が、妻を代襲して相続人となることはありません。
なお、配偶者は常に相続人であるものの、他の血族相続人との組合せによって相続分が異なります。この点については、相続分の章で詳しく説明します。
(オ)相続人不存在と特別縁故者
第三順位の相続人が存在せず、かつ配偶者もいない場合には「相続人の不存在」となります。この場合、家庭裁判所が相続財産管理人を選任し、清算手続を経た後、条件に合致する者がいれば特別縁故者への分与が行われ【民法第958条の3】、なお残余があるときは国庫に帰属します。
法はこのように、血族および配偶者がいない場面でも、財産の行き先を段階的に定めています。
イ.相続資格の重複
相続人と被相続人の間に二重の親族関係が同時に存在する場合、いずれの関係に基づいて相続関係を処理するかが「相続資格の重複」の問題です。重複は大別して、同順位の相続資格が重なる場合と、異なる順位の資格が重なる場合に分けて検討され、結論も場面により異なります。
(ア)同順位相続資格の重複
典型的な例として、実子と養子が婚姻したケース、ならびに孫を養子としたケースが挙げられます。戸籍先例は、前者については配偶者としての相続分のみを認め、兄弟姉妹としての相続分の重複は否定しています。他方、後者では相続資格の重複を肯定し、養子としての相続分と、被代襲者の子としての相続分(代襲)を併せて認める取扱いが示されています。いずれも、同一順位内での地位がどのように交錯するかという観点から、重複の可否が整理されています。
(イ)異順位相続資格の重複
兄が弟を養子にした場合がその代表例です。この関係で兄が死亡すると、この場合、兄が死亡した場合、弟は子としての相続資格と兄弟姉妹としての相続資格の重複が生じるようにも考えられます。しかし、この弟は第一順位の子としての相続資格が認められるだけであり、第三順位の兄弟姉妹としての相続資格は第一順位の相続人の存在によって認められないことになりますので、相続資格の重複の問題は生じないといえます。
もっとも、相続放棄や欠格、相続人の廃除といった事情がある場合、どちらかの資格が残るか、」あるいは、いずれの資格も無くなるのかが問題となります。
相続放棄については、養子としての放棄が当然に兄弟姉妹としての放棄にも及ぶとする戸籍先例がある一方、各資格は別個に評価すべきだとする裁判例も存在し、学説においても対立がみられます。
相続欠格に関しては、欠格事由がある以上、いずれの資格との関係においても、欠格事由があると考えられるため、実務上の争点となることは多くありません。
相続人の廃除については、学説上争いはありますが、相続人の廃除という制度の趣旨が被相続人の意思に基づいて当該人物の相続権を剥奪する点にあることから、廃除によって重複する地位は包括的に剥奪されると考えられます。
(2)代襲相続
ア.意義・趣旨
代襲相続とは、本来相続人となるべき者が、a.相続開始前に死亡した、b.相続欠格に該当して相続権を失った、またはc.廃除により相続権を剥奪された場合に、その者の「子」が代わって相続する制度をいいます【民法第887条2項・3項】。その趣旨は、被代襲者が生存していれば取得し得たであろう相続的地位を、その系統の後代に承継させるのが公平であるという考え方にあります。
イ.代襲相続の要件
(ア)被代襲者の要件
a.代襲原因
代襲原因は、相続開始以前の死亡・欠格・廃除の三つに限定されます【民法第887条2項】。他方で、相続放棄は代襲原因ではないため、放棄者の子は代襲相続人となりません。
親子が同一の事故に遭った場合には、同時死亡の推定【民法第32条の2】により、親と子が全く同時に死亡したと認定される場合が多くあります。この場合、子が親の相続開始「以前」に死亡した場合にあたりますから、代襲相続が生じます。
また、相続欠格や廃除が相続開始後に確定した場合、その効果は相続開始時に遡るため、やはり代襲相続が認められます。
b.被代襲者の資格
被代襲者となり得るのは、被相続人の「子」および「兄弟姉妹」に限られます【民法第887条2項、同第889条2項】。直系尊属や配偶者については、代襲相続は認められていません。
(イ)代襲者の要件
代襲者には、a.被代襲者の「子」であること、b.被相続人から見て直系卑属(子の系統)または傍系卑属(兄弟姉妹の系統)に当たること、c.代襲者自身が被相続人に対して相続権を失っていないこと(欠格・廃除がないこと)、d.相続開始時に存在していること、が求められます。いずれかを欠けば、代襲相続は成立しません。
ウ.再代襲相続
被相続人の子に代襲原因が発生すれば、孫が代襲相続人となるが、その孫についても代襲原因が発生した場合は、孫の子すなわち曾孫がさらに代襲相続します(民法887条3項)。なお、曾孫以下の直系卑属についても同じ扱いです。そして、子の代襲原因が先か、孫の代襲原因が先かは問題になりません。
ただ、兄弟姉妹の代襲相続は、その子であるおい、めいに限定されています(民法889条2項)。
エ.代襲相続の効果
代襲者は、被代襲者が取得したはずの相続分をそのまま承継します。代襲者が数名いる場合には、被代襲者の相続分を等分に頭割りして取得するのが原則です【民法第901条、同第900条4号】。
(3)相続欠格と相続人の廃除
ア.相続欠格
(ア)意義・趣旨
相続欠格とは、相続資格を本来備える者が、被相続人の生命・身体や被相続人の遺言行為に対し、故意に違法な侵害を加えた場合に、その者の相続権を法律上当然に失わせる制度です。【民法第891条】。そのの趣旨は、遺産の承継秩序を乱す反社会的行為を抑止し、被相続人の最終意思と公序を保護する点にあります。
民法891条の挙げる欠格事由は5つあるところ、大別すると、a.被相続人または先順位・同順位の相続人の生命侵害に関わる類型(1号・2号)と、b.被相続人の遺言に対する違法な干渉を対象とする類型(3号・4号・5号)に2つに分けれられます。
(イ)欠格事由その1 生命侵害行為(1号・2号)
1号は、相続人が故意に被相続人または相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡させ、又は死亡させようとして刑に処せられた場合をいいます【民法第891条1号】。
ここで対象となるのは、故意犯としての殺人(既遂・未遂を問わず)に加え、準備行為段階の殺人予備も含まれると解されています。他方、過失致死や傷害致死のように故意を欠く犯罪は含まれません。
また、「刑に処せられた」ことが要件であるため、正当防衛・緊急避難などの有罪判決とならない場合は除かれます。刑の執行が相続開始後になっても差し支えはなく、執行猶予が付されたときの扱いについては見解が分かれますが、猶予期間の満了により刑の言渡しの効力が失われれば、遡って欠格事由が消滅すると考えられています(通説)。
2号は、被相続人が殺害された事実を知りながら、告発又は告訴をしなかった場合を欠格とするものです【民法第891条2号】。
ただし、是非弁別能力を欠くとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であるときにはこの限りではありません。この欠格事由は、被相続人が殺害された場合には、相続人には告訴・告発する義務があるとの趣旨で規定されたものです。
しかし、現代の運用では、重大犯罪は告訴告発を待たずに捜査機関が職権で着手するため、単に告訴・告発がなかったことのみをもって直ちに欠格とするのは相当でないとの見解が有力です。
したがって、2号の欠格事由については、判例も限定的に解しており、事件が既に官憲に発覚し、告訴告発の必要性がなくなった後に、相続人が犯罪事実を知った場合には、2号の欠格事由には当たらないとされています。
(ウ)欠格事由その2 遺言行為への違法な干渉(3号・4号・5号)
a.詐欺又は強迫により、被相続人が相続に関する遺言をすること、取り消すこと、又は変更することを妨げた場合【民法第891条3号】
詐欺又は強迫により、被相続人に相続に関する遺言をさせ、又は取り消させ、変更させた場合【同4号】
c.相続に関する被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した場合【同5号】
いずれも、遺言者の真意を歪める著しい違法干渉を排除する趣旨に基づいています。
一般に、これらは「有効に成立し得る遺言」を対象とするものと解され、内容が当然に無効である遺言をすることを妨げても、そこには実害がないため欠格事由となりません。
これらに共通する重要論点として、詐欺・強迫・偽造・変造・破棄・隠匿等の行為について、行為そのものの故意に加え、相続上の利得を得ようとする、あるいは不利益を回避しようとする意思(いわゆる利得意思)が必要かが争われてきました(二重の故意の問題)。
判例・多数説は利得意思を要すると解してます【最高裁 昭和56年4月3日判決】。その理由としては、制度趣旨が被相続人の意思に反する違法利得を制裁し遺言者の最終意思を実現する点にあること、及び、相続欠格が当然剥奪という強力な効果を伴うことから厳格に解釈すべきことにあります。
3号の欠格事由に関しては、妨害行為によって遺言行為が実現しなかったことが必要であり、4号の欠格事由に関しては、詐欺又は強迫があっても被相続人が遺言行為をしなかった場合、あるいは後に被相続人自身が詐欺または強迫による遺言を取消した場合は、欠格事由にはあたらないと解されています。
5号の欠格事由である偽造とは被相続人名義で遺言書を新たに作成すること、変造とは被相続人作成の遺言に加除訂正等の変更を施すこと、破棄とは遺言の効力を消滅させるあらゆる行為、隠匿とは遺言書の発見を妨げるような状態に置くことをいいます。
(エ)相続欠格の効果
前記各号の欠格事由に該当する者には、法律上当然に欠格の効果が生じ、その被相続人との関係で相続資格を失います(当然発生主義)。他の相続人・受遺者の主張や裁判所の宣告など、何らの手続を要しません。
効果発生の時期に関する明文はありませんが、相続開始前に欠格事由が生じたときはその時点で、相続開始後に生じたときは相続開始時に遡って、いずれも相続権喪失の効果が及ぶと解されています。結果として、一旦有効に行われたかに見える相続や、欠格者を含めて成立した遺産分割協議・遺産分割審判は、相続開始時点に遡って無効となります。
そして、欠格者から相続財産の譲渡を受けた第三者の法律関係は、登記の公信力や即時取得【民法第192条】といった例外的保護が成り立つ場合を除き、相続人に対して当該財産を返還する必要があります。
また、欠格の効果は相対的であり、特定の被相続人との関係に限定して生じます。したがって、欠格者であっても、別の被相続人の相続については相続人となり得ますし、欠格者の子は代襲相続人となることができます【民法第887条2項・3項】。
ただし、次のような事例では注意が必要です。
子が母を殺害した場合、母の相続については欠格事由があるとされるだけでなく、父の相続においても、欠格事由があるとされます。父の配偶者である母は子と同順位の相続人であるため、子は同順位の者を殺害したとことになるからです。
母方の祖父母の代襲相続の場面においては、母を殺害した子は、実質的な先順位者を殺害したといえるため、欠格事由があるとされます。
なお、欠格者は受遺者となることもできず【民法第965条・第891条】、遺贈の受領によって欠格の効果を回避することはできません。ただし、以下に述べるとおり、宥恕があったと評価される余地があります。
欠格と戸籍の関係では、欠格は法律上当然に生ずるため、戸籍事項としての記載はされません。登記実務においては、相続登記の申請等で欠格者が関与する場合、当該欠格事由を根拠づける書面(当事者作成書面や確定判決謄本等)の提出を求める運用がされています。これは、戸籍で欠格の有無が把握できず、相続権喪失の確認が必要となるためです。最後に、欠格の宥恕についてです。すなわち、被相続人が欠格者を許し、その相続資格を回復できるかが論点となってきました。欠格は当然剥奪であり、公益性も強いこと、また宥恕に関する明文がないことから、かつては否定的見解が有力でした。
もっとも、欠格それ自体は刑罰ではないこと、被相続人の財産処分の自由が尊重され、欠格者に対する生前贈与等も許されることなどを踏まえ、近時は宥恕を肯定するのが多数説です。
宥恕の方法については特に制限はなく、欠格者の非行を許し相続人として取り扱う意思や感情の表示があれば足りると解されます。被相続人が欠格事由の発生を知りながら当該者に遺贈した場合には、宥恕があったと評価して、当該遺贈は有効であると考えられています。
イ.相続廃除
(ア)意義・趣旨
相続人の廃除は、推定相続人に、相続欠格に至るほどの重大事由はないものの、被相続人に対する虐待・重大な侮辱・その他著しい非行がある場合に、被相続人の請求に基づき、家庭裁判所の審判によりその相続権を剥奪する制度です【民法第892条】。
相続権を失わせるという効果は欠格と同様ですが、欠格が法律上当然に発生するのに対し、廃除は被相続人の意思表示を起点とし、審判という公的関与を経る点で性質を異にします。
被相続人が生前贈与や遺贈で財産の承継先を調整することも可能ではありますが、直系血族と配偶者に保障された遺留分制度が存在するため、これらの手段だけでは被相続人の意図を全面的に実現できない場合があります。そこで、廃除は、遺留分も含めた相続権の剥奪を認める点に意義がある制度といえます。
(イ)廃除の要件
a.対象者
廃除の対象は、遺留分を有する推定相続人に限られます【民法第1028条参照】。推定相続人のうち、遺留分を持たないのは兄弟姉妹であり、兄弟姉妹については、他の手段(贈与・遺贈や遺言による相続分ゼロの指定)で目的を達し得るため、廃除を求める必要性がないからです。また、適法に遺留分を放棄した者についても、廃除を求める必要性がないため、廃除は認められません。
b.廃除事由
廃除事由は、被相続人に対する虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行です【民法第892条】。どのような行為がこれらに該当するかの判断基準の定立は困難な問題です。
一般論としては、被相続人の恣意的、主観的なものであってはならず、具体的非行の内容が客観的かつ社会的にみて遺留分の否定を正当とする程に重大なものでなければなりません。
判例には、親子間においては、養親子間の離縁原因とされる「縁組を継続し難い重大な事由」【民法第814条1項3号】、夫婦間においては、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」【民法第770条1項5号】を一応の基準とすべきと判示するものがあります。
親族関係では、背景事情に感情的対立や長年の不和が絡むことが多く、外形的な言動のみで廃除を肯定するのは相当ではありません。
とりわけ、一時的・偶発的な行為にとどまる場合や、被相続人側の態度・性格・所為に起因している場合には、廃除事由の有無は慎重に判断すべきです。
(ウ)廃除が認められた具体的事例
a.推定相続人である長男が家業を担わず、経済的困窮もないのに高齢で病床の父母に生活費を与えず、「首を括って死んでしまえ。」などの暴言を吐き、また母に傷害を負わせた事例において、長男の行為は、虐待、重大な侮辱又はその他著しい非行にあたるとされました(仙台高裁昭和32年1月裁判日不明決定)。
b.長男が父の金銭を無断で消費し、多額の支払いを父に負担させ、これを注意した父に暴力を振るい、その後家出して行方不明になった事例において、長男の行為は虐待、重大な侮辱又はその他著しい非行にあたるとされました(岡山家裁平成2年8月10日審判)。
c.夫が反復して妻に暴行を加え、妻が傷害を負い、さらには腹部を蹴られて流産・死亡に至った事例において、夫の行為は虐待又は重大な侮辱にあたるとされました(大阪高裁昭和37年5月11日決定)。
d.妻が、療養中の夫と二人の子を置き去りにし、13歳年下の使用人と駆け落ちし、これを知った夫は痛憤しかつ悲嘆にくれ、連日、自棄酒をあおるようになり、ついには自殺した事例において、かかる妻の行為は虐待又は重大な侮辱にあたるとされました(新潟高裁高田支部昭和43年6月29日審判)。
e.推定相続人である子が正業に就かず浪費を重ね、社会的に落伍した事例において、子の行為は、最もたちの悪い親泣かせの部類に属するものというべく、著しい非行にあたるとされました(東京家裁昭和42年1月26日審判)。
f. 正当な事業を経営して、資産家として名を成した両親のもとに、なに不自由なく成育した長女が、離婚後間もなく、両親の知らない間に窃盗、詐欺等の前科のある男と同棲し、同人が勤務先の多額の金員を横領して所在をくらますや、年老いた両親の悲嘆や心労を何ら顧慮しないで、音信不通のまま同棲相手と共に逃避行を続けている事例において、かかる長女の行為は、両親との相続的協同関係を破壊する行為であり、著しい非行にあたるとされました(和歌山家裁 昭和56年6月17日審判)。
g.四男が父の死期が近いことを察し、偽計により遺産たる預貯金の名義を自己やその妻子名義へ変更し、被相続人を激しい怒りと悲嘆におとしいれ、被相続人に対し不当な精神的苦痛を与えたとの事例において、四男が被相続人と約7年間同居し、父の入院中は四男の妻が看病に当ったこと等の扶養的行為を考慮に入れても、四男の行為は、相続的協同関係を破壊するに足る著しい非行にあたるとされました(熊本家裁昭和54年3月29日審判)。
(エ)廃除が認められなかった具体的事例
a.長男の妻が病床の義母を十分に看病せず、また長男らが、父に反抗し、物を投げつけたり、暴力を振るって傷害を与えた事例において、長男らの暴力等は、父自身の執拗な非難や不適切な言動が直接の原因と認められ、長男の行為は廃除事由に当たらないとされました(名古屋高裁金沢支部平成2年5月16日決定)
b.同族会社勤務の子が会社資産を横領して実刑となった事例において、父の個人財産に対する侵害とはいえず、会社倒産との因果関係も薄く、父の面目の著しい失墜とまではいえないことから、子の行為は、相続的共同関係を破壊するほどの著しい非行とはいえないとして、廃除事由にあたらないとされました(東京高裁昭和59年10月18日決定)。
c.子が親に対して暴行・暴言に及んだ事例において、その原因は、幼少期の里子経験、結婚等への強い介入、妹への偏愛と不公平な贈与など、親が子に疎外感を抱かせる行為にあることから、子の行為は、廃除事由にあたらないとされました(大阪高裁昭和37年3月12日決定)。
以上のとおり、否定例は相当数あり、一時的行為にとどまる場合、被相続人側の事情が主要因である場合、非行が被相続人に直接向けられていない場合には、廃除の認定は慎重である傾向が確認できます。
(オ)廃除の手続
廃除の方法は、生前に家庭裁判所に申し立てる方法と、遺言による方法との二つがあります。
a.生前の廃除申立
被相続人は、遺留分を有する推定相続人に廃除事由があると考えるとき、当該推定相続人を相手方として家庭裁判所に廃除を請求できます。廃除申立事件は「調停に付することのできない事件」に分類されるため【家事事件手続法第188条1項・別表第1第86項】、原則として審判手続で行われます。
もっとも、手続中に調停が試みられる場合もありますが、当事者間で廃除の合意が成立しても、家庭裁判所は直ちに廃除の成立を認めず、職権で廃除事由の存在を調査し、その存在が認められないときは、合意を不相当として調停不成立とし、審判手続に移行させ、裁判所自らが審判によって、廃除を否定することとなります。
廃除請求事件の係属中に被相続人が死亡して相続が開始した場合には、家庭裁判所が親族・利害関係人・検察官の請求により遺産管理人を選任し、遺産管理人が廃除の審判手続を受け継ぎます【民法第895条、家事事件手続法第189条1項・別表第1第88項】。
b.遺言による廃除
被相続人は、遺言によって推定相続人の廃除の意思を表示できます。この場合、遺言が効力を生じた後、遺言執行者は遅滞なく家庭裁判所に廃除の審判を請求しなければなりません【民法第893条】。
遺言による廃除を実現するためには、廃除の意思だけでなく、誰を遺言執行者にするかについても定めておくことが望まれます。
指定がない場合、利害関係人の請求により家庭裁判所が遺言執行者を選任します。
遺言書に廃除事由の明示がなくとも、文言全体や作成経緯から廃除意思が読み取れる場合には、遺言執行者が事由を主張して請求できますが、実務上は具体的事由を明確に記載することが推奨されます。
(カ)廃除の効果
廃除は、当該被廃除者の、廃除を請求した被相続人に対する相続権を剥奪します。効果は審判確定により当然に生じ、申立人は戸籍事務管掌者へ報告的届出を行います【戸籍法第97条・第63条】。届出は対抗要件ではないため、未届出でも効力に影響はありません。
遺言による廃除の場合は、審判の確定は相続開始後となりますが、廃除の効力は相続開始時にさかのぼって発生します(民法893条)。廃除の審判確定前に相続が開始した場合、廃除の効力発生時期について明文の規定はありません。しかし、一般に、遺言による廃除の効果に遡及効が認められている趣旨から考えて、この場合も相続開始にさかのぼって廃除の効力が発生すると考えられています。
したがって、廃除の審判確定前に被廃除者から相続不動産を買い受けた第三者は、善意で登記を得ていても、原則として真正相続人に対抗できません。。同様に、被廃除者の共有持分(相続分)を審判前に差し押さえた債権者に対しても、受遺者は差押えの無効を登記なくして主張できると解されます。
さらに、廃除の効力は相対的で、廃除者たる被相続人に対する関係に限って相続権が失われます。他の被相続人との関係では、被廃除者が相続人となり得る余地が残ります。
また、被廃除者の直系卑属の代襲相続権には影響がなく【民法第887条2項・3項】、子・孫は通常どおり代襲します。
被廃除者は廃除により廃除者に対する関係の相続権を剥奪されますが、その後廃除者が被廃除者との間に新たな身分関係を形成したときは、被廃除者は、新たに形成された身分関係に基づいて新たな相続権を取得するとされています。
最後に、廃除の取消しです。被相続人はいつでも家庭裁判所に対し、推定相続人の廃除の取消しを求めることができ、遺言による取消しも可能です【民法第894条1項・2項】。遺言取消しの場面では、遺言執行者が遺言の効力発生後、遅滞なく取消しの審判を請求することになります。
取消しの請求権は被相続人に専属し、取消しが認められると、廃除の効果は相続開始時に遡って消滅し、相続権が回復します。




