遺産分割の専門知識

配偶者居住権

2026.01.05

配偶者居住権は、相続開始時点で被相続人の所有建物に居住していた配偶者が、その建物に引き続き住み続けられるようにする制度です。高齢期の住まいの安定を図るために創設され、令和2年4月1日以後に開始した相続に適用されます。【民法第1028条】

(1)立法の趣旨と背景

従来は、被相続人の自宅が遺産の大半を占めるときに、配偶者が当該自宅を相続できなければ退去せざるを得ないおそれがありました。とりわけ現金・金融資産が少なく、自宅のみが主要財産という家計では、代償金の捻出が難しく生活が不安定になりがちでした。そこで、所有権は他の相続人に帰属し得る一方、配偶者には無償で使用収益できる独自の権利を与え、居住の継続を確保する仕組みとして配偶者居住権が整備されました。【民法第1028条】
配偶者居住権には、長期の居住を前提とする本来的な配偶者居住権と、相続直後の一定期間の居住継続を認める配偶者短期居住権があります。

(2)配偶者居住権(長期居住権)

配偶者居住権(長期居住権)は、生存配偶者の居宅を長期的に確保し、その生活関係を保護することを目的とします。

ア.発生原因

(ア)遺産分割

遺産分割により、配偶者が配偶者居住権を取得するものとされた場合に成立します。【民法第1028条1項1号】

(イ)遺贈・死因贈与

配偶者居住権が遺贈又は死因贈与の目的とされたときも成立します。【民法第1028条1項2号】

(ウ)共有の例外

相続開始時に居住建物が配偶者以外の者と共有である場合には、配偶者居住権は成立しません。第三者に過度の負担を課さない配慮です。【民法第1028条1項ただし書】

(エ)家庭裁判所の審判

共同相続人間で配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意があるとき、又は居住建物の所有者の不利益を考慮しても配偶者の生活維持のため特に必要と認めるときは、家庭裁判所は審判により配偶者居住権を認めることができます。【民法第1029条】

※ 配偶者が被相続人の所有建物に相続開始時において居住していたことが前提として必要です。【民法第1028条1項柱書】

イ.期間

(ア)原則

終身とされます。【民法第1030条】

(イ)別段の定め

遺産分割協議又は遺言で別段の定めがあるとき、または家庭裁判所の審判で別段の定めがあるときは、その定めに従います。【民法第1030条】

ウ.効果

(ア)成立の性質

配偶者居住権は、登記を備えることで第三者に対抗できます。【民法第1031条2項】

(イ)登記請求権

居住建物の所有者は、配偶者に対し配偶者居住権設定の登記を備えさせる義務を負います。【民法第1031条1項】

(ウ)第三者対抗要件

配偶者が配偶者居住権の登記を備えたときは、居住建物の取得者その他の第三者に対抗できます。【民法第1031条2項前段】

(エ)妨害停止・排除請求

配偶者居住権が登記されていれば、占有の侵害には停止請求で対処でき、第三者が占有する場合は明渡し(返還)を求められます。【民法第1031条2項後段】

(オ)使用収益の義務

配偶者は、居住建物を善良な管理者の注意をもって使用収益しなければなりません。【民法第1032条1項】

(カ)譲渡の禁止

配偶者居住権は譲渡できません。保護対象が配偶者に限られるためです。【民法第1032条2項】

(キ)増改築・第三者利用の制限

居住建物の増改築又は第三者に使用収益させるには、所有者の承諾が必要です。【民法第1032条3項】

(ク)修繕

配偶者は使用収益に必要な修繕をすることができ、相当期間内に必要な修繕をしないときは、所有者が自ら修繕できます。【民法第1033条1項・2項】

(ケ)費用負担

通常の必要費(通常の修繕費、固定資産税等)は配偶者が負担します。非常の必要費や有益費は、その価格が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、支出額又は増加額の償還を請求できます。【民法第1034条】

エ.消滅

(ア)義務違反による消滅

配偶者に用法遵守違反や善管注意義務違反があり、相当の期間を定めてその是正を催告したが、是正がなされないときは、居住建物所有者が消滅の意思表示をしたときは消滅します。【民法第1032条4項】

(イ)期間満了

合意又は審判等により期間が定められた場合、その満了により消滅します。

(ウ)配偶者の死亡

生活の場の確保という趣旨から、対象である配偶者が死亡したときは消滅します。

(エ)建物の滅失等

居住建物の全部滅失その他の理由で使用収益が不可能となったときも消滅します。【民法第1036条】

オ.評価

配偶者が配偶者居住権を取得した場合は、遺産分割及び相続税申告において、当該権利の財産的価額を相続により取得したものとして取り扱います。実務では、配偶者居住権と敷地利用権を区分して評価し、存続期間や期待居住年数等を考慮した算定が行われます。具体的な評価は国税庁の通達・質疑応答事例に基づく運用が示されています。

※配偶者居住権は、他の相続人の持分や清算との調和を図るために用いられます。したがって、権利成立後は速やかに登記を備えて第三者対抗力を確保すること、費用負担や修繕の範囲を具体的に合意・明記して紛争を予防することが重要です。遺産分割の選択肢として、代償金負担が過重な事案で有効に機能する傾向があります。

(3)配偶者短期居住権

配偶者居住権(長期居住権)は、遺言・遺産分割等の合意や審判を要し、生存配偶者が当然に取得するものではありません。そこで、相続直後の不安定期に配偶者の居住を暫定的に守るため設けられたのが配偶者短期居住権です。【民法第1037条】

ア.発生要件

(ア)当然取得

被相続人の所有建物に相続開始時点で無償居住していた配偶者は、当然に配偶者短期居住権を取得します。【民法第1037条1項本文】

(イ)取得しない場合

相続開始時に配偶者居住権(長期居住権)を取得したとき、又は欠格・廃除により相続権を失ったときは、短期居住権は生じません。【民法第1037条1項ただし書】

イ.存続期間

(ア)遺産分割が必要な場合

居住建物について共同相続人間で遺産分割をすべきときは、遺産分割により帰属が確定した日又は相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日まで存続します。【民法第1037条1項1号】

(イ)上記以外の場合

居住建物取得者はいつでも短期居住権の消滅を申し入れできますが、その申入れの日から6か月間は配偶者は居住を継続できます。【民法第1037条1項2号】【民法第1037条3項】

ウ.効果

(ア)基本的効果

短期居住権は暫定的制度であるため、登記義務や第三者対抗力に関する規定は置かれていませんが、配偶者の使用収益や用法遵守などの枠組みは長期居住権と同趣旨で理解されます。

(イ)具体的相続分との関係

長期居住権を取得した場合はその価値が具体的相続分から控除されますが、短期居住権は暫定保護にとどまるため、具体的相続分から価値控除は行われません。

※なお、配偶者は従前の用法に従い、適切に管理して使用する必要があります。【民法第1038条1項】また、取得者の承諾なく第三者に使わせることはできません。【民法第1038条2項】

エ.消滅

(ア)義務違反による消滅

配偶者に用法遵守違反や善管注意義務違反があり、所有者が消滅の意思表示をしたときは消滅します。【民法第1038条3項】

(イ)期間満了

上記存続期間の満了により当然に消滅します。

(ウ)長期居住権の取得

配偶者が長期居住権を取得したときは、短期居住権はその必要性を失い消滅します。【民法第1039条】

(エ)配偶者の死亡

対象配偶者が死亡した場合も消滅します。【民法第1040条】

※短期居住権は「相続開始直後の6か月」を一つの目安として居住の連続性を担保する制度です。遺産分割の協議・調停が長引くおそれがあるときは、長期居住権の成否にかかわらず、まず短期居住権により生活基盤を中断させないことが実務上重要です。あわせて、郵便物の受取やライフライン契約、鍵の管理、修繕費用の分担等を早期に合意しておくと紛争の予防に役立つと思われます。