財産分離

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

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8

財産分離

(1)意義

ア.制度の趣旨

相続開始と同時に、被相続人に属していた一切の権利義務は相続人に包括承継されます【民法第896条】。その結果、相続財産と相続人の固有財産が混合し、受遺者や相続債権者(被相続人に対して債権を有していた者)だけでなく相続人固有の債権者も同一の財産から満足を図る関係が生じます。

財産分離は、このような利害関係の調整を図るために、受遺者又は相続債権者あるいは相続人固有の債権者の請求を受けた家庭裁判所の判断によって相続財産を相続人の固有財産から切り離して管理・清算させる制度です。

イ.財産分離

財産分離には二つのタイプがあります。一つ目は相続債権者や受遺者が請求するもので(民法第941条、以下「第Ⅰタイプ」といいます)、二つ目は相続人自身の債権者が請求する場合です(民法第950条、以下「第Ⅱタイプ」といいます。)。それぞれ「請求できる人」と「守られる利益」が異なりますが、本質的には相続財産を独立させ、公平な配当や弁済を実現するための制度です。 第Ⅰタイプ第Ⅱタイプ

ウ.限定承認との違い

限定承認とは、相続した財産の範囲内で被相続人の債務を弁済し、余りがあれば相続するという制度です(民法922条)。そのため、相続債権者は、相続人の固有財産からは債権の回収を図ることができず、相続人は、自身の固有財産を守ることができます。これに対し財産分離は、債権者・受遺者(又は相続人債権者)の請求により相続財産を切り離して配当の場を整えるもので、相続人の責任範囲を狭める制度ではありません。したがって、相続財産で債務が完済できないとき、残債は原則として相続人(単純承認の場合)が引き続き負担します。

(2)手続

ア.手続の概要

第Ⅰタイプの場合、相続債権者や受遺者は、第Ⅰタイプ相続開始から3か月以内(混合が生じていない間はその後も可)に家庭裁判所へ請求することができます。命令後は公告等の配当加入手続が続きます【民法第941条】。

第Ⅱタイプの場合、相続人固有の債権者は、第Ⅱタイプ相続人が限定承認をすることができる期間内、または混合がない間は、家庭裁判所へ請求することができます【民法第950条】。

イ.請求権者

第Ⅰタイプの財産分離を請求できるのは、相続債権者と受遺者です【民法第941条1項】。第Ⅱタイプの財産分離を請求できるのは、相続人の固有債権者です【民法第950条1項】。
なお、この請求権は一身専属ではありません。請求権者が請求しないまま死亡した場合には、その相続人が権利を承継して家庭裁判所に申し立てることができます。利害関係の保護を中断させないための扱いと理解されます。

ウ.請求期間

(ア)第Ⅰタイプの期間

第Ⅰタイプの財産分離は、相続開始のときから3か月以内、または相続財産と相続人固有財産が混合していない間であれば、その後でも請求できます【民法第941条1項】。混合が生じていない限り、3か月経過後でも請求余地が残る構造です。

(イ)第Ⅱタイプの期間

第Ⅱタイプの財産分離は、相続人が限定承認をすることができる間(熟慮期間)または混合が生じていない間に請求できます【民法第950条1項】。熟慮期間は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月であり、事情により家庭裁判所が伸長できます【民法第915条1項】。したがって、事案によっては第Ⅰタイプより長く請求可能な場合があります。

(ウ)実務の目安

いずれの類型でも、混合(相続財産と相続人固有財産の混在)が進む前の早期申立てが望ましいとされます。とくに第Ⅱタイプでは、相続人側の処分や弁済が混合評価に結び付くことがあるため、熟慮期間の管理が重要です【民法第915条1項】。

エ.分離手続

(ア)申立先と裁判所の審判

財産分離の請求は家庭裁判所に対して行います【民法第941条1項】【民法第950条1項】。第Ⅰタイプで分離を命ずる審判があると、請求者は5日以内に、すべての相続債権者・受遺者に対し、分離命令があったことおよび一定の期間内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければなりません【民法第941条2項】。この期間は2か月を下ることができません【同条】。
第Ⅰタイプでは、公告にとどめ、たとえ「知れている債権者・受遺者」であっても、期間内の申出がなければ清算から除斥されます【民法第947条2項】。
一方、第Ⅱタイプでは、請求者は、第Ⅰタイプと同じく審判後5日以内に公告を行うこと加え、知れている債権者等には個別の催告を行う必要があります(民法950条2項の準用する927条)。
審判に対する不服申立ては、請求認容の審判については相続人が、請求棄却の審判については相続債権者・受遺者・相続人債権者が、それぞれ即時抗告で争えます【家事事件手続法第202条4項】。

(イ)管理命令・管理人選任と相続人の義務

財産分離の請求があると、家庭裁判所は相続財産の管理に必要な処分を命じます【民法第943条1項】。実務では、相続財産管理人が選任されることが多く【民法第943条2項】、選任後は当該管理人が清算・配当に向けた事務を主導します。
財産分離の請求があった場合、相続人は、管理人が選任されるまでの間、単純承認後であっても、自己の固有財産に対するのと同一の注意義務で相続財産を保管しなければなりません【民法第944条1項】。相続人による管理には、委任の規律が準用され、通常の保存・管理の範囲で適切に記録・保全することが求められます【民法第944条2項】。
これらの管理ルールは、第Ⅱタイプの財産分離が請求された場合にも同様に適用されます【民法第950条2項】【民法第943条】【民法第944条】。

(ウ)公告・配当加入の運用上の注意

第Ⅰタイプでは公告を失念すると、関係人の把握が不十分なまま配当設計に進み、のちの紛争の火種となります。
第Ⅱタイプでは、知れている債権者等への個別催告が前提となるため、送達・到達の記録化が重要です。
いずれも、公告開始日・申出期間の起算点管理(審判翌日の起算)と、2か月未満とならない期間設定が必須です【民法第941条2項】【民法第927条】。

実務上は、公告開始日と配当加入申出期間の起算点管理(審判翌日)を誤ると後日の紛争原因になりやすいので、日付の記録化と送達状況の保存を徹底します【民法第941条2項】【民法第927条】。第Ⅱタイプでは「知れている債権者」への個別催告が前提となるため、郵送記録や到達確認の保全が不可欠です【民法第950条2項】。

(3)効力

ア.第Ⅰタイプの財産分離の効力

(ア)優先弁済の範囲と時期

財産分離請求者や、【民法第941条2項】で定められた期間内に配当加入の申出をした相続債権者・受遺者は、相続人の固有債権者よりも優先的に弁済されます(【民法第942条】)。弁済は申出期間終了後に債権額に応じて行われ、期間中は相続人が弁済を拒むこともできます(【民法第947条】)。

(イ)第三者対抗要件(登記)

上記の優先的地位を第三者に対抗するには、相続財産中の不動産について登記が必要です【民法第945条】。これは債権者等の地位を公示し、第三者の取引安全も確保する趣旨で、相続人が自由に処分し得ない旨を示す「処分権限の登記」と位置づけられます。

(ウ)物上代位

相続人が財産を売却・賃貸したり損害賠償金を受け取った場合、相続債権者や受遺者はその代金や賃料、賠償金に物上代位し、自己の弁済に充てることができます(民法946条、304条)。

(エ)配当・換価と未到来債権の処理、手続違反時の責任

弁済期未到来の債権も、家庭裁判所選任の鑑定人評価に従って弁済すべきことがあり、条件付・存続期間不確定の債権も同様に評価のうえ処理されます【民法第947条3項】【民法第930条】。受遺者への弁済は、相続債権者への弁済後でなければできません【民法第947条3項】【民法第931条】。

換価が必要なときは原則競売で行い、または鑑定評価額を弁済に充てる方法が許容されます【民法第947条3項】【民法第932条】。債権者・受遺者は自己費用で競売・鑑定に参加可能です【民法第947条3項】【民法第933条】。

期間満了前に弁済拒絶をせず一部の債権者に弁済して他の債権者等に損害を与えた場合、相続人は損害賠償責任を負います。また、財産分離の請求者が【民法第941条】の公告を怠ったときも責任を負い得ます。事情を知って不当に弁済を受けた債権者・受遺者に対しては、他の債権者・受遺者が求償できます【民法第947条3項】【民法第934条】。

実務上は、公告期間満了前の弁済は原則避け、保存・管理にとどめるのが安全です【民法第947条1項】。換価は競売を原則としつつ、やむを得ず鑑定評価での弁済に切り替える場合は、他の利害関係人への説明と説明と記録化を行うべきです【民法第932条】【民法第947条3項】。

(オ)残余債権の行使と順位(受遺者の後順位・請求防止)

相続財産で全額弁済を受けられなかった相続債権者や受遺者は、その不足分(残余債権)について、相続人の固有財産に対して請求することができます【民法第948条前段】。ただし、この場合、相続人の固有債権者が優先され、相続債権者・受遺者の請求は後順位となります【民法第948条後段】。これは、相続財産から優先的に弁済を受けた以上、固有財産においてはバランスを取るために後順位となる趣旨です。また、ここで「相続債権者・受遺者」とは、財産分離を請求した者および配当加入の申出をした者に限られます【民法第948条】。
<具体例>
相続人Bが亡くなったAの相続財産を管理していたが、Aの債権者Dに全額返済できず、Dの債権の一部が残った(残余債権)。この場合、DはBの固有財産に対して残余債権の請求をすることができます。しかし、Bにも独自の債権者Cがいる場合、CがBの固有財産に対して優先的に弁済を受け、Dの請求はCの後(後順位)となります。つまり、相続債権者や受遺者は、相続人の固有債権者の権利を害することはできない仕組みです。

イ.第Ⅱタイプの財産分離の効力

(ア)準用の構造

第Ⅱタイプの財産分離も、趣旨は相続財産の清算にあり、その効力は実質的に第Ⅰタイプとほぼ同様です。ただし、法律は独自規定を置かず、限定承認または第Ⅰタイプ財産分離の規定を準用する方式を採っています【民法第950条2項】。このため、一部で第Ⅰタイプと運用がずれる場面があります。

(イ)「知れている債権者」の取扱い

第Ⅱタイプでは、相続財産から弁済を受けられる相続債権者に、財産分離の請求者・配当加入申出者のほか「知れている債権者」も含まれます【民法第950条2項】。第Ⅰタイプに比べ、相続人固有の債権者側の保護との均衡から、個別催告・除斥の扱いが異なる点に注意します(【民法第927条】等準用)。

ウ.財産分離の請求の防止等

相続人は自己の固有財産で弁済し、または相当の担保を供して、財産分離の請求を防止し、またはその効力を消滅させることができます【民法第949条】。もっとも、これによって相続人固有の債権者に損害が生ずるべきことを証明して異議が述べられたときは、当該防止・消滅は認められません【民法第949条ただし書】。