相続問題の専門知識
遺産分割
相続人の確定
相続人が誰かを確定する
1. 相続人確定の必要性
誰が相続人になるのかが分からなければ、そもそも協議ができません。また、分割協議は、相続人全員で行う必要があり、一部の相続人を欠いた遺産分割協議は、無効になります。
そのため、まずは相続人の範囲を確定する必要があります。遺産分割手続を行う相続人には、意思能力(その人が物事を識別できる能力)や、行為能力(その人が自分の行為の意味を認識できる能力)が必要です。
もし、遺産分割協議が形式上行われたとしても、相続人の中に意思能力、行為能力のない人がいた場合には、遺産分割協議は無効であったり後で取り消されたりすることになりますので、そのような相続人に関しては別個の手当てが必要になります。
2. 行方不明者がいる場合
行方不明の相続人がいる場合(生きているか死んでいるかすら分からない場合もあります。)でも、行方不明者を排除して遺産分割協議を行うことはできません。また、行方不明の程度・状態によって、行うべき手続が異なります。
(1) 連絡先が分からない場合
まず行方不明とされている方の住所を調査します。
住所は、住民票や、戸籍の附票を取得することで確認することができます。住所を調べることができたら、郵便を送ったり、その住所地に直接行ってみたりして、連絡を取ってみることになります。
(2) 住所が調べられない場合
住民票や戸籍の附票を取得しても、記載がなかったり、記載された住所には居なかったりして、実際の住所が分からず連絡が取れない場合があります。
そのような場合には、家庭裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい、行方不明者の代わりに不在者財産管理人を協議に参加させて、遺産分割協議を進めていくことになります。
なお、不在者財産管理人が遺産分割協議を行う場合、別途裁判所の許可が必要とされています(権限外行為の許可といいます。)。その理由は、不在者管理人の本来的な役割は、不在者の財産の管理や保存(たとえば、修理、妨害排除、賃料の収受等)とされていますが、遺産分割協議は、財産の管理や保存を超えて、財産を処分する行為と考えられているので、本来的な不在者財産管理人の権限を超えるものだからです。
裁判所が許可するかどうかの判断にあたっては、不在者の法定相続分を確保できているかが主な基準になります。
(3) 行方不明者の生死が7年間明らかでない場合
行方不明者の生死が7年間明らかでない場合には、家庭裁判所に失踪宣告を申し立てることができます。これにより、行方不明者の生死がわからなくなった時から7年後に死亡したものとみなしてもらうことができます。
失踪宣告により、その行方不明者は法律上死亡したものとみなされますので、その行方不明者を除いて遺産分割協議を成立させることができます。
7年間の生死不明の場合のほか、戦争や船舶事故等により、その後1年以上生きているかどうかが明らかでない場合も、失踪宣告の制度を利用することができます。
3. 未成年者がいる場合
(1) 未成年者がいる場合の手当て
未成年者は、原則として行為能力が不十分であるとされています。実際に、遺産分割は、権利を引き継いだり義務を負担したりする重要な行為です。また、遺産の価値や、自己の取り分が相当なものかという判断についても、十分な判断能力が必要です。
そのため、未成年者本人が遺産分割協議書に署名・捺印をしたとしても、後で取り消されてしまう可能性があります。
そこで、その未成年者の親権者(父母)等が、未成年者の代わりに遺産分割協議に参加するか、または成年に達するまで待つことが必要です。なお、親権は共同行使が原則とされていますから、未成年者の父母が共同して(ただし、一方が親権を行うことができないときは、他の一方のみで)遺産分割協議に参加することになります。
(2) 利益相反の場合
ただし、親権者と未成年者の利益が相反する場合には、また別個の手当てが必要となります。
利益が相反する場合の具体例
(1) 未成年者、親権者のいずれもが相続資格を有する場合
例えば夫Aが、妻Bと未成年の子Cを残して死亡した場合、相続人はB、Cとなり、この2名で遺産分割協議を行うこととなります。
この場合、BがCを代理できるとなれば、Bが自らの取り分を多く、Cの取り分を少なくするという可能性が客観的に認められます。
(2) 親権者が複数人を代理する場合
例えば、夫Aが、妻Bと未成年の子C、Dを残して死亡した後、夫Aの父親E(C、Dの祖父)が死亡した場合、C、DがAを代襲してEの相続人となります。
Eの相続についてBは相続資格を有しませんが、C、D双方を代理できるとなれば、Cの取り分を多くし、Dの取り分を少なくするという可能性が客観的に認められます。
このように利益が相反する場合には、家庭裁判所に特別代理人を選任してもらい、未成年者の代わりに特別代理人を協議に参加させて、遺産分割協議を進めていくことになります。
4. 意思能力のない人がいる場合
(1) 意思能力のない人がいる場合の手当て
たとえば、障害や重度の認知症等により意思能力のない相続人がいる場合、意思能力のない相続人が遺産分割協議をすることはできません。仮に、意思能力のない相続人が、形式上は遺産分割協議書に署名・捺印をしていたとしても、そのような遺産分割協議は無効です。
意思能力のない相続人が他の相続人の言いなりになったり、意思能力のない相続人に不利な遺産分割になってしまったりする可能性があるためです。
意思能力のない相続人がいる場合には、成年後見制度を利用する必要があります。また、意思能力がないとはいえないけれども、十分ではないという場合は、成年後見の手前の制度として、保佐・補助といった制度もあります。
成年後見の場合は、家庭裁判所に成年後見人を選任してもらい、意思能力のない相続人の代わりに成年後見人を協議に参加させて、遺産分割協議を進めていくことになります。
保佐、補助の場合は、本人が不十分ながらも意思能力を有しているので、本人が遺産分割協議に参加することになります。ただし、保佐人、補助人が同意をしない限り、遺産分割協議が後で取り消される可能性があるとされています。
(2) 利益相反の場合
成年後見人、保佐人、補助人自身も相続資格を有する場合等には、本人との間で利益相反が生じることになります。
利益相反関係にある場合には、家庭裁判所に特別代理人を選任してもらい、本人の代わりに特別代理人を協議に参加させて、遺産分割協議を進めていくことになります。
5. 胎児がいる場合
胎児は、相続については、すでに生まれたものとみなすこととされていますので、胎児であっても相続人として権利があります。
ただし、胎児がいる時期に遺産分割協議を成立させたとしても、その後死産となってしまった場合には、遺産分割協議をやり直す必要があるでしょう。
可能な限り、胎児が生まれてから、未成年者がいる場合の遺産分割の方法に沿って手続を行うことが望ましいでしょう。
6. 遺産分割後に被相続人の認知を得た子がいる場合
(1) 認知の訴え
婚姻関係にない男女間に生まれた子については、母子関係は分娩の事実によって当然に生じますが、父子関係は認知によって生じるものとされています。
父親から認知されていない子(非嫡出子といいます。)等は、認知の訴えを行うことができます。認知の訴えは、父親の生前はいつでも、また、父親の死後でも3年以内は提起することができます。なお、父親の生前であれば相手方(被告)は父親となり、父親の死亡後であれば被告は検察官となります。
(2) 死後認知と相続
認知の訴えが裁判で認められたとしても、その時点では、既に父親の遺産分割が完了してしまっていることがあります。
認知の効力は、出生のときに遡ると定められていますので、これを徹底すれば、既に遺産分割が完了していたとしても、相続人となるべき認知された子が参加していないことになるため、遺産分割は無効になるのではないかという問題が生じます。
(3) 価額による支払請求
相続の開始後、死後認知によって相続人となった者が、遺産の分割を求める場合、他の相続人が既に遺産分割その他の処分をしているときは、金銭による支払請求のみが認められています。
先になされた遺産分割によって既に生じている事実関係を覆してしまうのは影響が大きいと考えられるからです。
なお、価額による支払請求は、通常は民事訴訟手続で行います。 ただし、価額による支払請求による解決が当てはまるのは、遺産分割に参加した者たちが、認知の遡及効によって相続資格を失わない場合です。
たとえば、Aが独身のまま亡くなり、Aの父Bと母Cが相続人として遺産分割協議を行った場合に、後でAの子であるXが認知の訴えを提起し、裁判で認められたときは、父母は子よりも相続順位が劣後しますので、父Bと母Cは相続資格を失うことになります。
このようなケースでは、遺産分割協議は無効となり、Xは相続回復請求権を行使することができます。
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