相続問題の専門知識
相続の法律と手続全般
相続分とは
相続分
1. 相続分とは
相続分とは、遺産全体に対する各相続人の取り分の割合のことをいいます。相続人が具体的にどれだけの財産を相続するかは、相続財産の額にその相続人の相続分を乗じて算定されることとなりますが、この計算の結果、相続人が現実に受けとれる財産を相続分ということもあります。相続人が一人である場合には、その者のみが遺産を相続しますから相続分の問題は起きません。相続分は、遺言による指定がある場合はその指定に従います。遺言による指定がない場合には民法の定める一定割合によります。
遺言による指定割合を指定相続分、民法による法定割合を法定相続分といいますが、遺言がまだ一般化していないわが国の実情からすると、法定相続分による場合が通常であって、指定相続分による場合が例外となっています。
2. 法定相続分
遺言による遺産の配分に指定がない場合に、民法の定める法定相続分が適用されます。
ア. 配偶者と子の場合 (民法900条第1号)
配偶者の法定相続分は2分の1、子は何人いても法定相続分は全体で2分の1となります。子が数人いるときは、各自の配分は均等とされています。かつては民法900条4号ただし書において、嫡出子と非嫡出子とがいる場合、非嫡出子は嫡出子の2分の1と規定されていました。しかし、「嫡出子と嫡出子でない子の法定相続分を区別する合理的な理由は失われたというべきであり・・・本条4項ただし書のうち嫡出子でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする部分は・・・憲法14条1項に違反していたものというべきである。」(最大決平25.9.4)との最高裁判決が出されたことにより、同ただし書規定が削除され、嫡出子と非嫡出子の差はなくなっております。
イ. 配偶者と直系尊属の場合(同法第2号)
配偶者の法定相続分は3分の2、直系尊属は何人いても全体で3分の1となります実父母・養父母の区別なく、直系尊属各人の法定相続分は均等とされています。父母の代の者が一人もなく、祖父母の代の者が相続する場合も同様です。
ウ. 配偶者と兄弟姉妹の場合(同法第3号)
配偶者の法定相続分は4分の3、兄弟姉妹は何人いても法定相続分は全体で4分の1となります。兄弟姉妹各人の法定相続分は均等とされていますが、父母の双方を同じくする者(全血)と父母の一方だけを同じくする者 (半血、例えば腹違いの兄弟) とがいる場合、半血の兄弟姉妹の法定相続分は全血の兄弟姉妹の2分の1とされています。
配偶者がおらず、子、直系尊属または兄弟姉妹だけがそれぞれ共同相続人であるときは、相続財産の全体について、前述したところに従って分配を受けます。
エ. 代襲相続人の法定相続分(民法901条)
代襲者の法定相続分は、被代襲者が受けるべきであった遺産の配分と同じです。代襲者が数人いれば、被代襲者の配分を前述した一般原則の割合で相続しますが、被代襲者の配偶者は代襲相続人となりませんから、配偶者のない場合の法定相続分の割合で遺産を配分します。
3. 指定相続分
被相続人は遺言で、相続人の相続分を定め、または相続分を定めることを第三者に委託することができます(民法902条1項)。相続分の指定や指定の委託は必ず遺言によらなければならず、それ以外の生前行為で行うことは認められません。指定は相続財産を1として各共同相続人についてそれぞれ何分の1と指定するのが普通です。このような分数的割合のみならず、誰々には何々を与えるという指定も可能ですが、その場合、相続分の指定であるのか特定遺贈なのか、あるいは遺産分割方法の指定なのか、遺言者の意思解釈の問題として、それぞれの事情に応じて判断することとなります。
例えば、「長男には自宅及びその敷地を与える」 という遺言がなされていた場合、長男は自宅及びその敷地だけで満足せよという趣旨ならば、相続分の指定ともいえます。しかし、他方で、この遺言は長男に対する特定遺贈ともいえますし、さらに、遺産分割にあたって、自宅及びその敷地を長男に割り当てよという意味ならば、遺産分割方法の指定ともいえます。遺留分に反する相続分の指定がなされた場合でも、相続分の指定が無効となるのではなく、遺留分権利者が受遺者又は受贈者に対して遺留分侵害額請求をすることができるにとどまります。
4. 特別受益
ア. 特別受益とは
(ア) 特別受益
特別受益とは、特定の相続人が、被相続人から婚姻、養子縁組のため、もしくは生計の資本として生前贈与や遺贈を受けているときの利益をいいます(民法903条)。
相続人の具体的相続分を算定するには、相続が開始したときに存在する相続財産の価額にその相続人の相続分を乗ずればよいはずです。しかし、特定の相続人が、被相続人から利益を受けているときは、その利益分を遺産分割の際に計算に入れて修正を行うことが公平といえます。
特別受益が認められる場合には、その受益分を相続分算定にあたって考慮して計算することになりますが、この受益分の考慮を「特別受益の持戻し」といいます。
(イ) 計算方法
相続発生時の遺産に、特別受益財産を加算して、生前に渡された分を含めた実質的な遺産の額を算出します。この実質的な遺産額をみなし相続財産といいます。次に、みなし相続財産に各人の相続分を乗じて、各人の取得分(各人のトータルの取得分)を算出します。この取得分から、特別受益分(前渡分)を控除した分が、相続の際に取得する具体的取り分となります。
具体例
遺産4,000万円、子ABのうち、Bのみ被相続人の生前に2,000万円の特別受益があったという場合、
みなし相続財産 4,000万円+2,000万円より6,000万円
各人の取得分 6,000万円÷2より3,000万円
相続時のAの取得分 3,000万円
相続時のBの取得分 3,000万円-2,000万円より1,000万円
となります。
なお、特別受益が各人の取得分を超過しているときは(上記の例でBの特別受益が5,000万円であったような場合)には、その超過分についてAB間で清算する必要はなく、上記の例でAが相続時の遺産4,000万円全額を取得するだけです。
(ウ) 遺言による特別受益の持戻し免除の指定
上記のようなみなし計算を行って特別受益分を考慮することを特別受益財産の持戻しといいますが、遺言で持戻しの免除をすることができます。
イ. 特別受益者の範囲
特別受益の持戻しをする必要があるのは、相続人の中で、被相続人から遺贈を受け、または婚姻、養子縁組のためもしくは生計の資本として贈与を受けた者に限られます。そして、特別受益者に該当するか否かは、生前贈与等がなされた時点において、贈与等を受けた者が推定相続人であったか否かによって判断します。
(ア) 被代襲者に対する生前贈与等
被代襲者は、生前贈与等を得た時点では、推定相続人です。代襲者は、そのような被代襲者の地位を代襲して取得するだけであって、被代襲者以上の相続による利益を取得することはできません。したがって、被代襲者に対する生前贈与等は、代襲相続人の特別受益として算入すべきことになります。
(イ) 代襲者に対する生前贈与
代襲原因発生前に贈与等がなされても、その時点では代襲者は推定相続人ではありません。したがって、その生前贈与は、他の第三者に対する贈与と同様の性質であるため、特別受益には含まれません。
一方、代襲原因発生後に贈与等がなされた場合、その贈与等を受けた代襲者は、その贈与等を受けた時点で、推定相続人となっているため、生前贈与等は特別受益に該当するとされています。
(ウ) 推定相続人となる前の生前贈与等
例えば、養子縁組前に養子となるべき者に与えた金銭、婚姻前に妻となるべき者に与えた金銭などが挙げられます。 原則としては、推定相続人となる前の贈与は特別受益に該当しませんが、贈与が養子縁組 (婚姻) をするために、又は養子縁組 (婚姻) することが調ったことによりなされた場合等、推定相続人となった後の贈与と実質的に同視できる場合には、特別受益に該当します。
(エ) 相続人の配偶者その他の親族に対する生前贈与等
特別受益の持戻しの対象となるのは、相続人に対する贈与に限られます。したがって、相続人の親族に対して贈与があったことにより相続人が間接的に利益を得ていたとしても、相続人の親族自身は推定相続人ではありませんから、特別受益に該当しません。
事実認定の問題として、真実は推定相続人に対する贈与であるのに名義のみその配偶者としたというような場合は、実質的には相続人に対する贈与があったとみなして特別受益に該当する場合もあります。
ウ. 特別受益財産の範囲
(ア) 婚資
婚資とは、持参金や支度金など婚姻(養子縁組)のために被相続人から支出してもらった費用が典型的なものです。婚資は、原則として特別受益に該当します。ただし、金額が少額で被相続人の生前の資産及び生活状況に照らし、扶養の一部と認められる場合は、特別受益とはなりません。結納金、挙式費用については、実務上確立した扱いがありませんが、結納金や挙式費用が被相続人または相続人にとってどのような意味を持っていたかは一概に断定することができないという事情によるものです。挙式費用は、通常は遺産の前渡しとはいえませんから、特別受益に該当しないことが多いと思われます。
(イ) 高等教育のための学資
高等教育には、親の扶養義務の範囲に属する義務教育は含まれません。現在の教育水準に照らせば、高等学校教育も義務教育に場合に準じて考えることができ、高等教育には含まれないのが通例です。原則として、大学以上の教育がここにいう高等教育に該当するといえ、留学の費用、留学に準じるような海外旅行の費用も同様と考えられます。このような高等教育のために被相続人の支出した費用又は被相続人から贈与された金額は、原則として特別受益に該当します。ただし、被相続人の生前の資産収入、社会的地位及び生活状況に照らし、その程度の教育をするのが普通であるという場合、すなわち扶養の範囲内と認められる場合は該当しません。
(ウ) 不動産の贈与
子供が独立する際に居住用の宅地を贈与した場合や、農家において農地を子供に贈与した場合等が生計の資本としての贈与の典型的なものです。不動産はそれ自体高額な財産ですから、不動産の贈与は、生計の資本としての贈与と認められる場合がほとんどであり、原則として特別受益に該当します。
(エ) 動産、金銭、社員権、有価証券、金銭債権の贈与
相当額の贈与である場合には、原則として特別受益に該当します。相当額とは、被相続人の資産収入、社会的地位及び生活状況に照らして、小遣い、慰労金、礼金の範囲を超え、相続分の前渡しと認められる程度の高額であることを意味します。
(オ) 借地権の承継
被相続人の生前に、被相続人名義の借地権を、相続人の1人の名義に書き換えることがあります。この場合は、原則として被相続人から相続人の1人に対する借地権相当額の贈与となります。名義書換に当たり、その相続人が借地権取得の対価と認められる程度の名義書換料を支払っていたときは、借地権相当額から書換料を差引くことになると思われます。一方、借家権は、原則として承継、設定とも特別受益の問題は生じません。
(カ) 借地権の設定
被相続人の土地上に相続人が建物を建築する際に借地権を設定した場合、借地権相当額の贈与と同視することができ、特別受益に該当します。相続人が被相続人に対し、借地権取得の対価すなわち世間相場の権利金を支払っている場合は、贈与と同視できないので特別受益に該当しません。
(キ) 遺産を無償で使用できることによる利益
(1) 遺産である土地の上に相続人の1人が建物を建て、土地を無償で使用している場合
土地の無償利用の場合、通常、被相続人と建物を建築する相続人との間に使用貸借契約があるものと認められます。したがって、その相続人は、占有権原を有することになり、他方で被相続人の財産はその占有権原の価額、つまり使用借権相当額の減少することとなります。評価は一概には決定できませんが、通常は、更地価額の1割から3割までの間の範囲で各事情によって決定されているようです。
(2) 遺産である建物に相続人の1人が居住している場合
相続人が被相続人と同居していない場合は、通常は使用貸借契約があるものと認められます。この場合、使用借権相当額の特別受益となります。被相続人と相続人の間が同居している場合で、相続人に独立の占有権原がないような場合は、相続人には同居したことにより家賃の支払いを免れた利益はありますが、被相続人の財産は何らの減少もありませんから、特別受益には該当しません。
(ク) 生命保険金
生命保険金は、被保険者の死亡を契機として、保険金受取人が具体的な保険金請求権を取得するというものです。生命保険金が相続財産に含まれないとされても、一部の相続人のみが多額の生命保険金を取得したような場合、別途特別受益として考慮されることもあります。相続人の1人が保険金受取人に指定されている場合、結果的には、相続人が被相続人の死亡をきっかけとして保険金を取得し、保険金相当額の利益を受けることになります。このような実質をみると、保険契約を締結することにより、被相続人の将来の財産として保険金請求権を発生させ、これを受取人に贈与したのと同様の側面もみてとることもできます。
判例上は、生命保険金を原則として特別受益に該当しないと扱っていますが、相続人間の不公平が到底是認できないほどに著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、特別受益に準じて扱うとされています(最高裁平成16年10月29日判決)。
(ケ) 死亡退職金、遺族扶助料
遺族扶助料については、通常は法令等によって遺族の生活保障のため支払われるものですから、特別受益に該当しない場合が多いでしょう。また、死亡退職金が相続財産に含まれないとされても、一部の相続人のみが多額の死亡退職金を取得したような場合、特別受益として考慮されることもあります。
(コ) 特別受益持戻しの免除
特別受益の持戻しは被相続人の意思を推測し、相続人間の公平をはかるものといえます。そのため、相続人のうち一部が特別受益を得ていた場合、被相続人の合理的意思を推測し、相続人間の公平をはかるため、その特別受益分を加算して具体的相続分の算定を行います。これを特別受益の持戻しといいます(民法903条1項)、被相続人の意思表示により特別受益の持戻しを免除することもできます(民法903条3項)。なお、2019年7月1日以降に、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対して居住用建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について特別受益の持戻しの規定を適用しない旨の意思表示をしたものと推定されます(民法903条4項)。
具体的には、
- (相続開始時の相続財産価額) + (特別受益額) =みなし相続財産額
- (みなし相続財産額) × (法定または指定の相続分) =各人の本来の相続分
- (本来の相続分) - (特別受益額) =各人の具体的相続分
の計算式によることとなります。
a. 意思表示の方法
(a) 贈与に関する持戻免除の意思表示
贈与に関する持戻免除の意思表示は、特別の方式を必要としません。贈与と同時になされることをも必要とせず、生前行為によっても、遺言によっても差し支えありません。
(b) 遺贈に関する持戻免除の意思表示
遺贈に関する持戻免除の意思表示は、遺贈が遺言によってなされる以上、遺言によらなければなりません。
(c) 黙示の意思表示
現実には持戻しについて明示の意思表示のある場合は少なく、黙示の意思表示が認められるかどうかが問題となるケースがあります。持戻しを免除すると、特別受益者は、特別受益財産の価額相当分を相続分より多く取得することになるため、黙示の意思表示が認められるのは、そのような利益を取得する合理的な事情がある場合ということになります。
具体的には、次のような場合が考えられます。
- 相続人による家業の承継
- 寄与相続人に対しその寄与に報いるために贈与等がなされた場合
- 相続人側に相続分以上の財産を必要とするような特別の事情がある場合
例えば、身体的、精神的障害があるために経済的に恵まれない相続人に対し、将来の扶養の意味も含め贈与等がなされた場合などがこれに該当します。また、各相続人に同程度の贈与をした場合は、持戻しをしないのが被相続人の意思にも合致し、相続人の公平にもかなうことになります。
エ. 特別受益証明書
特別受益証明書とは、「自分は、被相続人から特別受益を受けたため相続分がありません」という趣旨の文書です。「相続分のないことの証明書」「相続分不存在証明書」「相続分皆無証明書」とも呼ばれています。
(ア) 使途
特別受益証明書は、相続登記の申請や相続税の申告などで用いることが実務上認められています。相続登記の申請の例でいうと、相続人が複数いる場合に、ある相続人が、他のすべての相続人に特別受益証明書に署名押印してもらい、これらの特別受益証明書を添付して相続登記の申請を行い、被相続人名義の土地を自己単独の名義にするやり方です。特別受益証明書を使えば、正式な相続放棄の手続や遺産分割の手続を経ることなく簡易に特定の共同相続人に相続財産を集中させ、相続登記の申請等をすることができます。
このように特別受益証明書は、事実上、相続放棄と同じ結果をもたらすことがあるので、「事実上の相続放棄」と呼ばれることがあります。
(イ) 特別受益証明書の問題点
特別受益証明書は正式な相続放棄をあらわす書面ではありません。したがって、特別受益証明書を作成した相続人も消極財産(マイナス財産)を被相続人から引き継ぐので、後日債権者から取立てを受けることがあります。特別受益証明書の意味や内容を知らないまま署名押印してしまったり、実際には特別受益を受けた事実がないのに署名押印したりした結果、後にその効力を巡って相続人間で紛争が生じることがあります。
特別受益証明書は、その意義や内容をよく理解して作成、利用すべきといえるでしょう。
5. 寄与分
ア. 寄与分とは
被相続人と共同して農業や商店の経営に従事してきた相続人のように、特定の相続人が、被相続人の財産の維持または形成に特別の寄与、貢献した場合に、その相続人を、寄与や貢献のない他の相続人と同等に取り扱い、法定相続分どおりに分配するのは、公平を失することになります。寄与分は、このように相続財産の維持増加に特別の寄与がある相続人がいる場合に、寄与者に対して寄与に相当する額を加えた財産の取得を認める制度(民法904条の2)です。
寄与分といえるためには、寄与行為の存在によって、被相続人の財産の維持又は増加があること、寄与行為が特別の寄与といえることが必要です。たとえば、長男が小売業を営んでいる父を助けてその営業に従事した結果、大いに繁盛して財産が増えた一方で、二男はサラリーマンとして独立していたという場合、父親の遺産の増加に長男は貢献していますが、二男は貢献していません。父親と長男との間に雇用契約があれば、長男は自分の労働に対して対価を受け取ることになりますが、そのような契約関係がないと、父親の相続の際に長男の貢献は財産として評価されず、二男と同じ相続分となってしまいます。寄与分は、このような不公正を是正するための制度です。
イ. 寄与分が認められる場合
寄与分は相続人にのみ認められます。また、寄与分が認められるためには、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与があることが必要で、扶養義務の範囲を超えない貢献をしたとしても寄与分は認められませんし、寄与について既に相当の対価を得ている場合には、特別の寄与とは評価されません。
ウ. 手続
寄与分は、まず、共同相続人の協議で定めることになっています。共同相続人の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が審判で定めます。寄与分の審判の申立ては、遺産分割の手続の中で行うことが必要とされています。
エ. 寄与分の態様
民法では、寄与の態様として、被相続人の事業に関する労務の提供、被相続人の事業に関する財産上の給付、被相続人の療養看護、その他の方法を挙げています。
(ア) 家業従事型
(1) 家業従事型とは
相続人が被相続人の事業に従事することで、相続財産の維持又は増加に寄与した場合をいいます。事業の典型例は農業や商工業ですが、医師、弁護士、司法書士、公認会計士、税理士などの業務を含むとされています。家業従事が特別の寄与に該当するといえるためには、無償性、継続性、専従性、被相続人との身分関係等が問題となります。
(2) 無償性
特別の寄与といえるためには寄与行為は原則として無償でなければならないとされています。もっとも、専従、継続的な寄与行為の場合、寄与行為に対する給付が全くないといった事例は稀であり、何らかの対価的な給付がなされているのが通常です。この場合、被相続人が、第三者を使用、雇用した場合に行っていたであろう支出と、相続人に対する現実の給付との間に差額がないときには無償性がないものと評価します。一方、差額がある場合には、その差額をもって寄与分算定の基準とすることになると考えられています。
(3) 継続性
家業従事者としてなされた寄与行為が特別の寄与といえるためには、相当長期間にわたって継続してなされることが必要とされています。
(4) 専従性
相続人による家業についての貢献が特別の寄与といえるためには、寄与行為が臨時や片手間になされるのでは足りず、本来自分が従事すべき仕事と同様に携わることが必要とされています。
(5) 被相続人との身分関係
特別の寄与とは、被相続人と相続人の身分関係に基づいて通常期待される程度を超えた貢献をいいます。したがって、その程度は、被相続人との具体的身分関係によって差異が生ずるものであり、配偶者、子、兄弟姉妹、親族のいずれであるか等によって、同様の寄与行為がある場合でも寄与分の認定上、差が出ることになります。通常期待される貢献の程度については、一般に配偶者、親子、兄弟姉妹、親族の順序で小さくなり、通常の貢献の程度を超えた場合に初めて特別の寄与として認められることになります。
(イ) 金銭等出資型
金銭等出資型とは、相続人が被相続人に対し、財産上の給付を行い、又は被相続人の借金を返すなどして、相続財産の維持又は増加に寄与した場合をいいます。共稼ぎの夫婦の一方である夫が夫名義で不動産を取得するに際し、妻が自己の得た収入を提供する場合、相続人が被相続人に対し、自己所有の不動産を贈与する場合、相続人が被相続人に対し、自己所有の不動産を無償で使用させる場合、相続人が被相続人に対し、被相続人の家屋の新築、新規事業の開始、借金返済などのため、金銭を贈与する場合などが挙げられます。この場合、寄与分を肯定するためには、無償性を要するほか金銭等出資の効果が相続開始時に残存していることが必要です。
(ウ) 療養看護型
療養看護型とは、相続人が被相続人の療養看護を行ない、付添い看護の費用の支出を免れさせるなどして、相続財産の維持に寄与した場合をいます。実際の療養看護が特別の寄与に該当するといえるためには、家業従事型と同様、被相続人との身分関係上一般的に期待される以上の寄与行為であるほか、持続性、専従性が必要となります。
(エ) 扶養型
扶養型とは、相続人が被相続人を扶養して、その生活費を賄い、相続財産の維持に寄与する場合をいいます。ただ、夫婦は互いに協力扶助の義務を負っていますし、また直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養する義務を負っていますから、扶養行為が認められる場合でも、それを超えた特別の寄与にあたるかどうかの判断が必要になります。扶養行為につき寄与分を肯定するためには、扶養義務の有無及び分担義務の限度、相続人の受けた利益が問題となります。
(オ) 財産管理型
財産管理型とは、相続人が被相続人の財産の管理を行ない、管理費用の支出を免れさせるなどして相続財産の維持に寄与した場合をいいます。不動産の賃貸、管理、修繕、保険料や公租公課の支払い等の行為が考えられます。この場合は、家業従事型や療養看護型のような専従性、継続性といった要件は考慮する必要はなく、基本的には金銭出資型に準じて特別の寄与といえるかどうかを判断することになります。
オ. 寄与分がある場合の算定方法
寄与分は、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養監護、その他の方法により、相続財産の維持又は増加に特別の寄与をした相続人がいる場合に、相続分の算定に際してその寄与を考慮する制度です。寄与分がある場合、各人の具体的相続分は以下のように算出します。
- (相続開始時の財産)-(寄与分)→みなし相続財産
- (みなし相続財産)×(各人の指定ないし法定相続分)→各人の一応の相続額
- (各人の一応の相続額)+(寄与分)→寄与者の相続額
- (各人の相続額)÷(相続開始時の財産)→各人の具体的相続分
となります。
具体例
相続人が子である甲乙2人、相続開始時の財産5,000万円、甲の寄与分1,000万円という事例では、
- みなし相続財産:5,000万円-1,000万円=4,000万円
- 各人の一応の相続額:4,000万円×2分の1=2,000万円
- 甲の相続額:2,000万円+1,000万円=3,000万円
乙の相続額:2,000万円 - 甲の具体的相続分:3,000万円÷5,000万円=5分の3
乙の具体的相続分:2,000万円÷5,000万円=5分の2
となります。すなわち、寄与分の存在によって甲の相続分は法定相続分から10分の1増加したことになります。
カ. 寄与分を遺言で定めることの可否
寄与分は、被相続人の事業に関する労務の提供や財産上の給付、被相続人の療養監護、その他の方法により、相続財産の維持又は増加に特別の寄与をした相続人がいる場合に、具体的相続分の算定の際してその寄与を考慮する制度です。そこで、例えば「甲の寄与分として1,000万円を認める」とか「甲の寄与分は認めない」というように、被相続人が寄与分を遺言で定めることができるかが問題となります。
(ア) 遺言事項の法定
遺言によって定めることが可能な事項については、法律上規定されています。それ以外の事項を遺言に記載しても、それは法律上の効果を生じず、事実的、訓示的な意味を有するにとどまります。遺言で寄与分を定めることができるという法律上の規定は存在しないため、遺言での寄与分の指定には法律上の効果はありません。
(イ) 寄与分決定の手続
寄与分は、まず、共同相続人の協議で定めることになっています。共同相続人の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所の調停又は審判で寄与分を定めます(民法904条の2、 家事審判法9条1項乙類9号の2)。
寄与分の決定に際しては、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他の一切の事情から、特別の寄与といえるかどうかが総合的に判断されます。以上より、遺言による寄与分の指定を行った場合でも、それが法律上の効果を生じるものではなく、寄与分決定手続の中で、寄与の態様、程度に関する一資料となるに過ぎません。
【特別寄与料】
相続人以外の被相続人の親族(特別寄与者)が、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合には、被相続人の相続開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払いを請求することができます。
特別寄与料について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができます。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月を経過したとき、又は相続開始のときから1年を経過したときは、協議に代わる処分を請求することができなくなります。
6. 相続分の譲渡
ア. 譲渡の対象となる相続分とは
相続分とは、 遺産の中の特定の財産や権利に関する具体的持分ではなく、 遺産全体に対して各相続人が有する分数的割合をいいます。いわば、共同相続人としての地位のことです。遺言による相続分の指定が存在すれば、その指定された分数的割合、遺言がない場合には、民法が規定する法定相続分となります。譲渡の対象となる相続分とは、遺産の中の特定の財産または権利に関する持分ではなく、遺産全体に対する各相続人の分数的割合のことです。
イ. 譲渡の要件
相続分を有する相続人は、その相続分を譲渡することができます。有償、 無償を問いません。その譲渡の方式や対抗要件について、特段の様式はありませんが、時期的制限として遺産分割前に行う必要があります。後の紛争防止のためには、譲渡の当事者間で相続分譲渡に関する契約書面を作成した上で、譲渡人から他の相続人全員に対して書面による通知を行うほうがよいでしょう。なお、相続分の一部譲渡も許されると解されます。
ウ. 相続分の譲渡の効果
相続分の譲渡により相続分が移転するため、譲受人は譲渡人の相続財産に対する分数的割合をそのまま取得します。すなわち譲受人は相続財産を管理し、遺産分割を請求し、遺産分割に参加する権利を取得することになります。ただし、相続分の譲渡があった場合でも、債権者の同意を得ない限り、譲渡人が相続債務を免れることはできないと解されています。
エ. 相続分の取戻し
(ア) 相続分の取戻し
相続人は、相続発生後、遺産分割完了までに、その相続分(相続人の地位)を第三者に譲渡することができます。相続分の譲渡がなされると、譲受人が譲渡人の地位を承継するため、その譲受人を加えて遺産分割協議をしなければなりません。譲渡人とすれば、相当な対価とひきかえに相続分を譲渡することには何等不自由がありませんが、譲渡人以外の共同相続人にとっては、見ず知らずの第三者(譲受人)を加えて遺産分割協議を行うという物理的、心理的負担が生じることがあります。そこで、他の共同相続人側には、譲渡した相続分の取戻権が認められています(民法905条1項)。
(イ) 取戻権者
相続分を譲渡した相続人以外の共同相続人が取戻権を行使することができます。取戻権は共同相続人の1人が単独で行使することができます。
(ウ) 第三者への相続分の譲渡
相続分の取戻権が発生するためには、 相続分が共同相続人や包括受遺者以外の第三者に譲渡されたことが必要です。共同相続人間で相続分が譲渡された場合には、 相続人の中でその相続分が変更するだけですから、 取戻権は発生しません。
(エ) 価額及び費用の支払い
取戻権の行使者において、第三者が相続分取得のために支払った価額及び費用を償還する必要があります。
(オ) 期限
取戻権は、相続分の譲渡から1か月以内に行使する必要があります。
(カ) 取戻しの効果
取戻権が行使されると、第三者は当然に相続分を喪失します。取り戻された相続分の帰属については、取戻権を相続人の1人が単独で行使した場合には、その者に属します。取戻権を相続人複数で行使したときは、(1)償還した額や費用の分担の割合に応じて各自に属するという説と、(2)譲渡相続人以外の共同相続人全員にその相続分の割合に応じて帰属し、取戻しに要した費用、償還に要した費用はそれらの全相続人がその相続分の割合に応じて負担することになるという説とに分かれています。
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