相続問題の専門知識
相続の法律と手続全般
相続対象財産とは
相続対象財産
1. 生命保険金
生命保険金は、被保険者の死亡を契機として、保険金受取人が具体的な保険金請求権を取得するというものです。被保険者(被相続人)の死亡によって、具体的な財産請求権が発生するという点に注目すれば、保険金請求権を相続財産に含めることも一見可能であるように思われますが、保険金受取人を誰にするかは保険契約によって定めることができるため、具体的な考察が必要になります。
ア. 保険金受取人として特定人を指定した場合
この場合、保険契約は民法上の第三者のためにする契約となり、保険金受取人はその固有の権利として保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、被保険者の死亡を停止条件とする権利であり、保険契約の成立によって保険金受取人が取得する権利ですから、相続財産には含まれません。
イ. 保険金受取人を「相続人」と指定した場合
この場合も、保険契約の成立により、相続人がその固有の停止条件付保険金請求権を取得したものとして、相続財産には含まれないという解釈がされています(最高裁昭和40年2月2日判決)。
ウ. 保険金受取人を指定しなかった場合
保険約款では通常「被保険者の相続人に支払います」との条項が規定されており、前記3と同様の結論になります。
2. 死亡退職金
死亡退職金とは、民間企業ほか公務員等、労働者が死亡した際に支払われる金銭です。労働者(被相続人)の死亡によって、財産請求権が発生するという点に注目すれば、死亡退職金請求権を相続財産に含めることも一見可能であるように思われます。
また、死亡退職金の法的性質については、 賃金の後払いとしての性質、 遺族の生活保障としての性質などが併存していると解されています。そして、 前者の性質を強調すれば、 遺産性を肯定する方向になりやすいとも思われます。 しかし、死亡退職金の支給規定は個別に定めることができるため、具体的な考察が必要になります。
ア. 受給権者が法律、条例、内規等で規定されている場合
死亡退職金に関する支給規定が存在し、受給権者が特定されている場合には、 死亡退職金は、その規定により支給権者が固有に取得する権利であると解釈されています(最高裁昭和55年11月27日判決、最高裁昭和60年1月31日判決)。よって相続財産には含まれません。
イ. 受給権者が規定されていない場合
このような場合の死亡退職金の相続財産性については、肯定、否定両説があり、確立された裁判例も存在しません。支給額、支給慣行、支給経緯等を勘案して個別に相続財産性を検討することになります。
3. 賃借権
賃借権とは、一定の対価(賃料)を支払うことと引き換えに、目的物の使用、収益を行う権利のことをいいます。建物所有目的で土地を賃借する場合の借地権、建物を賃借する場合の借家権は、借地借家法で特別な保護がされています。
ア. 賃借権の相続性
賃借権は、 それ自体に目的物の使用収益権という財産的価値があり、 また被相続人の一身専属権でもないため、相続の対象となります。
イ. 賃料債務の帰属
相続人が複数存在する場合、賃料債務はその相続分に応じて分割されるのかという問題が生じます。共同賃借人の賃料支払債務は金銭債務ではあるものの、一個の目的物の使用の対価であるため、契約上の不可分債務とされています。よって、相続人が複数存在する場合でも、 賃貸人は各相続人に対して、 賃料の全額について履行を求めることができます。
4. 使用借権
ア. 使用貸借契約
使用借権とは、目的物を無償で使用、収益できる権利です。貸主、借主間で使用貸借契約が成立すると、借主は契約ないし目的物の用法に従って無償で使用収益を行い、通常の必要費を負担することとなります。使用期間については、契約ないし使用貸借契約の目的に従って決せられますが、それらの定めがない場合は、貸主はいつでも返還請求ができます。使用貸借契約は、親族間や、特別な恩顧がある者同士でとられる契約形態です。
イ. 民法599条
民法上、使用貸借は借主の死亡によってその効力を失う、と規定されているため、使用借権は、原則として相続の対象となりません。使用借権は、貸主、借主間の個人的な人間関係、信頼関係に基づく権利であるため、借主の一身専属権としてとらえるべきといえるからです。
一方で、個人的な人間関係、信頼関係が、借主の相続人にも承継されるような場合には、形式的に民法599条を適用するべきでなく、使用借権が相続の対象となる、あるいは、貸主と借主との相続人との間で、新たな使用貸借契約が発生すると解釈されています。
個人的な人間関係、信頼関係が借主の相続人にも承継されるような場合とは、
- 貸主が借主に扶養してもらう代わりに不動産の無償使用を認めるという関係のもと、借主の相続人も貸主への扶養義務を承継するような場合
- 貸主、借主の共有地の上に、貸主の単独所有の建物が建っており、借主が共有地の公租公課を全額負担する代わりに、建物の一部を無償使用しているという関係のもと、借主に相続が発生し、相続人が共有地の公租公課を支払い続ける場合
というような事例が考えられます。
5. 占有権
占有権とは、物に対する事実的支配を保護する権利です。民法上、占有訴権や取得時効の要件としての一定期間以上の占有が規定されているため、占有権が相続の対象となるかが問題となります。
ア. 占有権の相続
民法上、占有権の相続に関する明確な規定は存在しませんが、占有権も物に対する事実的支配に着目した権利の一つであることを理由に相続が認められています。ただし、占有権を相続した場合、自主占有(所有の意思をもってする占有)、他主占有といった占有の性質も、原則として承継することとなります。
イ. 相続人固有の占有権との関係
占有権は目的物の事実的支配を基礎としますから、 被相続人の死亡によってその占有権は一応消滅し、 相続人が新たに事実的支配を始めるという一面も存在します。よって、相続人は自己固有の占有権のみを主張することも可能ですし、被相続人の占有権に自己固有の占有権を併せて主張することも可能とされています。
ウ. 相続を契機とする自主占有への転換
被相続人の占有が他主占有(所有の意思のない占有)であっても、 相続人が新たに目的物を事実上支配し、 その占有に所有の意思がありとみられる形態のもと支配を行う場合には、 相続人は民法185条にいう 「新権原」 によって自主占有を開始するに至ったものと認められます。
6. 譲渡制限付株式
株式のうち、その譲渡に対して株式会社の承認を要すると定款で規定されているものを譲渡制限付株式といいます。小規模、閉鎖的な株式会社において、誰が株主であるかという個性は、会社経営上重要視されるべき事情ですから、株式会社にとって好ましくない者が株主になることを防止するために設けられた制度です。株式は、財産的価値を有するものとして相続の対象となります。しかし譲渡制限付株式の場合、このような制度趣旨を尊重するために、会社法上、株式会社が相続人に対して、一定の場合に、相続の対象となる株式の売渡を請求できるという規定が存在します。
ア. 会社法174条
会社法では、譲渡制限付株式を相続その他の一般承継により取得した者に対し、株式会社への売渡しを請求することができる旨を定款で定めることができる、という規定が存在します。よって、この売渡条項が定款に規定されている場合で、かつ相続に際して株式会社からの売渡請求が現実に行われた場合、譲渡制限付株式の相続人は、株式そのものを相続することはできず、売渡金を取得するにとどまります。
イ. 売渡請求の手続
株式会社からの売渡請求は、相続その他の一般承継があったことを知った日から1年以内に行わなければならないと規定されています。売渡価格については、まずは当事者間の協議により決定することとし、協議が成立しない場合は、裁判所に価格決定の申請を行うこととされています。
7. 形成権
形成権とは、行使者の一方的意思表示によって、法律効果を発生させる権利のことをいいます。具体的には、取消権や解除権(法律行為の無効という効果を生じさせる)、遺留分侵害額請求権(遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生する)が形成権に該当します。
ア. 形成権の相続性
形成権は、それぞれの形成権を生じさせる事由(前例では取消事由、解除事由、遺留分侵害の事実)によって発生する権利であり、被相続人の一身専属権とはいえないため、相続の対象になると解釈されています。法文上も、取消権や遺留分侵害額請求権について、本人のみならず、その「承継人」も行使ができるという規定が存在します(民法120条、1046条)。
8. ゴルフ会員権
ゴルフ会員権とは、一定の預託金や年会費を支払うことで、ゴルフ施設を優先、特典的に利用できる資格を取得するというものです。
ア. ゴルフ会員権の相続
ゴルフ会員権の内容は、会員規約によって個別に定められるため、その種類、性格が多様です。ゴルフ会員そのものの地位は、収入や職業等、入会者の個性に注目して付与されるものであり、一身専属権として相続の対象とならないと解釈されています(最高裁昭和53年6月16日判決)。
しかし、ゴルフ施設の利用に関わる権利内容で、 会員権の譲渡によってその会員の交替が予定されているものについては、相続の対象となります。 相続の対象となる場合は、通常複数の相続人が共同で会員の権利内容を行使することは認められていないので、遺産分割によって1人の相続人に相続させることになります。
イ. 相続に関して特別の会員規約が存在する場合
会員規約によって相続が禁止されている場合(会員の死亡が資格喪失要件になっている規約がある場合)には、 会員権の相続はなされず、会員の死亡は会員契約終了原因となります。 この場合、各相続人は預託金返還請求権や滞納している年会費の支払義務といった具体的金銭債権、債務のみを相続することになります。
9. 損害賠償請求権
不法行為や債務不履行等があった場合、加害者や債務者に対して、損害賠償請求権が発生します。損害賠償請求権は、単純な金銭債権であり、原則として相続の対象となります。
ア. 生命侵害の場合の損害賠償請求権
例えば、犯罪や交通事故等で被害者が死亡した場合、被害者は、死亡の時点で権利能力(法律上の権利義務の主体となる能力)を失うため、そもそも被害者自身が損害賠償請求権を取得せず、相続の対象となる損害賠償請求権が存在しないのではないかという議論が存在します。しかし、このような結論は形式的に過ぎ、また被害者が重症であった場合との均衡を著しく失することから、たとえ即死の場合であっても、被害者自身が取得する損害賠償請求権を観念し、これが相続の対象になるとされています。
イ. 慰謝料請求権
慰謝料請求権は、被害者個人の心情に基づく損害賠償請求権であるため、一身専属権として相続の対象にならないのではないかという問題が生じます。しかし、慰謝料請求権も金銭債権であることにかわりはなく、相続の対象になると解釈されています(最高裁昭和42年11月1日判決等)。
10. 遺族年金
遺族年金とは、厚生年金や共済組合等の加入者が死亡し、かつ個々の支給要件を満たす場合に、その遺族に対して給付される金銭のことをいいます。
ア. 遺族年金の相続財産性
加入者(被相続人)の死亡によって、具体的な財産請求権が発生するという点に注目すれば、遺族年金請求権を相続財産に含めることも一見可能であるように思われます。しかし、遺族年金はその受給権者や支給規定が法律で個別に定められており、また遺族の生活保障という趣旨で給付される金銭であるため、受給権者固有の権利であると解釈されています。
イ. 特別受益
遺族年金は、遺族の生活保障という趣旨で給付され、その金額も少額にとどまることから、特別受益として考慮されることはないと解釈されています。
11. 代償財産
代償財産とは、遺産の処分によって得られた別の財産のことをいいます。遺産である不動産を売却した場合の売却金が代償財産にあたります。遺産分割前でも、相続人全員の同意がある場合には、共有状態の遺産に含まれる個々の物や権利を処分することができます。その場合に、代償財産が相続の対象になるかという問題が生じます。すなわち、代償財産が相続財産に含まれるとすれば、遺産分割を経るまでは相続人が代償財産を取得できないことになるからです。
ア. 最高裁昭和54年2月22日判決
相続人全員の同意によって売却された土地代金について、売却した土地は、遺産分割の対象たる相続財産から逸出するとともに、その売却代金は、これを一括して共同相続人の一人に保管させて遺産分割の対象に含めると合意するなどの特別な事情のない限り、相続財産には加えられず、共同相続人が各持分に応じて個々にこれを分割取得すべきものである、 と判示しています。すなわち、代償財産は、特別に遺産分割の対象とする合意がある場合を除いて相続財産に含まれないこととなります。各相続人は、遺産分割前であっても、自己の相続分に応じた代償財産の取得や引渡しを請求できることとなります。
12. 祭祀財産
祭祀財産とは、 系譜、祭具、墳墓をいいます。系譜とは始祖から代々の家系を書いた家系図のことであり、 祭具とは位牌、仏壇のことであり、 墳墓とは墓石、墓地のことをいいます。祭祀財産は、その特殊性から相続財産とは別個のものとして、独自の承継方法が規定されています。
ア. 祭祀財産の承継方法
祭祀財産は、一般の相続財産と異なり、相続人による共有という承継方法ではなく、「祖先の祭祀を主宰すべき者」への単独承継が規定されています。「祖先の祭祀を主宰すべき者」の決定は、 第1に、被相続人が指定した者があれば、 その者が祖先の祭祀を主宰すべき者となり、 第2に、 指定がないときは慣習に従い、 第3に、 慣習が不明なときは家庭裁判所が定めることになります。
イ. その他
祭祀財産は、金銭的価値がある場合でも相続財産には含まれませんから、 相続分や遺留分を考慮するにあたって、その基礎財産とされることはありません。 例えば、限定承認をした場合でも、 祭祀財産を換価して弁済に当てる必要はありません。
13. 香典
香典とは、葬儀等の際に、死者の霊前に備えるために交付される金品をいい、社会的儀礼として慣習化しているものです。香典は、被相続人の死亡を契機に生じる財産的利益であるため、これを相続財産と考えるべきかが問題となります。
ア. 香典の意義
香典は、死者の供養、遺族への見舞いや葬儀費用の負担の軽減、など様々な趣旨で交付されるものですが、法律的には、遺族の代表者(喪主)に対する贈与として解釈されています。よって、香典は相続財産には含まれず、遺産分割の対象とはなりません。喪主は、香典返し、葬儀費用や祭祀費用への充当等、香典の趣旨に従ってその使途を決します。
14. 債務
ア. 積極財産との違い
遺産には、積極財産(プラス財産)と消極財産(マイナス財産)が存在します。積極財産を相続人間でどのように分けるかは、その合意によっていかように決してもかまいませんが、消極財産の場合、債務の弁済を受ける債権者が利害関係人として存在します。債権者から見た場合、資力の少ない相続人が債務を全部承継すると不都合が生じるため、債務の相続に関しては、積極財産と異なった取扱いが必要です。
イ. 可分債務
金銭債務のような可分債務は、 法律上当然に分割され、 各相続人がその相続分に応じてこれを承継します。 債権者は、各相続人に対して相続分に応じた分割額を請求することとなります。特定の相続人にのみ債務を承継させたいときには、相続人全員の合意に加えて、債権者の個別の同意が必要となります。この場合、その相続人が、免責的債務引受を行ったということになります。
ウ. 不可分債務の共同相続
不可分債務とは、複数の債務者が不可分、同一の履行義務全部を負う債務のことです。不動産の引渡し、明渡し義務や所有権移転登記義務、賃貸物を使用収益させる義務等は性質上の不可分債務とされています。また、共同賃借人の賃料支払債務は金銭債務ではあるものの、1個の賃借物の使用の対価なので、契約上の不可分債務とされています。
このような不可分債務の場合、相続人が複数存在する場合でも、 債権者は各相続人に対して、 その全部について履行を求めることができます。
15. 連帯債務
ア. 連帯債務とは
連帯債務とは、複数の債務者が、同一内容の給付について各人独立に全部の給付をなすべき債務を負担し、一人の給付があれば、それによって他の債務者は債務を免れることになるというものです。例えば、連帯債務者BCDが債権者Aに対して100万円の連帯債務を負うという場合、AはBCDいずれにも100万円全額を請求でき、BCDのいずれかが100万円を支払えば、他の者もAとの関係で債務を免れるというものです。
その後、連帯債務者相互間では、各人の負担割合に応じた求償がなされます。被相続人が第三者と共に連帯して債務を負っていた場合、相続発生後の連帯関係や各相続人の具体的負担額についてどのように決するのかが問題となります。
イ. 連帯債務の相続
連帯債務の場合も通常債務と同様に、各相続人がその相続分に応じて分割された額について、それぞれ第三者と共に連帯債務を負担することになります。 例えば、被相続人AがBとともに200万円の連帯債務を負担していて、Aが死亡し、妻Cと子供DEが相続した事例を設定します。妻の相続分は2分の1、子の相続分は各人4分の1(法定相続を前提)ですので、それぞれの割合に応じて分割された金額の範囲で本来の連帯債務者とともに連帯債務を負います。すなわち債権者に対して、Cは100万円、DEは各50万円の連帯債務を負うことになります。
16. 保証債務
ア. 保証債務とは
保証債務とは、本来の債務者(主債務者)が債務を弁済しない場合に、第三者(保証人)が債権者に対し、主債務と同一内容の履行を行う債務のことです。保証人が保証債務を履行した後は、その分を主債務者に対して求償することになります。被相続人が保証債務を負担していた場合、どのように相続されるかが問題となります。
イ. 保証債務の相続
保証債務は、通常の債務と同様に、各相続人の相続分に応じて相続されるのが原則です。被相続人が借金の保証人となっていた場合、賃貸借契約の保証人となっていたような場合などがこれにあたります。もっとも、以下のように、個人的な信頼関係に基づいていたり、内容が不確定で相続人にとって過大な負担となる保証債務については相続が否定されます。
1. 身元保証
身元保証とは、就労に際して負担する一切の債務を保証することをいいます。相続発生時に現実化していた保証債務については相の対象となりますが、身元保証債務そのものは相続されません。
2. 信用保証
信用保証とは、将来債務のうち、売買取引や銀行取引など継続的な取引の過程で増減することが予定されている不特定の債務に対する保証をいいます。限度額および期間の定めのない信用保証は、相続されないと解釈されています。なお、相続発生時に現実化していた分の保証債務については、相続の対象となりますので注意が必要です。
相続問題の専門知識