相続問題の専門知識
遺留分
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)をする場合について
民法の改正により、2019年7月1日以降に開始した相続について、遺留分を侵害された遺留分権利者は「遺留分侵害額請求」をすることができるようになりました。改正前の「遺留分減殺請求」と改正後の「遺留分侵害額請求」の大きな違いは、「遺留分減殺請求」では遺贈又は贈与された物が共有になるのに対し、「遺留分侵害額請求」は金銭の支払いを請求する権利であるという点です。
もっとも、2019年6月30日以前に開始した相続については、引き続き改正前の「遺留分減殺請求」の規定が適用されますので、当面の間、「遺留分減殺請求」と「遺留分侵害額請求」が併存することになります。
したがって、ここでは、「遺留分侵害額請求」と「遺留分減殺請求」に共通する点については「遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)」と併記して説明することとし、違いがある部分については別個に説明することとします。
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)をする場合の初期対応
遺留分に関する交渉を有利に進めるためには、初期の段階で以下のような作業を速やかに実施する必要があります。
1. 遺言書の確認
遺留分が侵害されている場合にはじめて遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)を行うことができますので、まずは、遺言書の内容を正しく理解することが必要です。
2. 相続人の調査
遺留分は、法定相続人が誰であるかによって決まります(詳しくは、「遺留分の割合」参照)。そのため、まずは戸籍の収集を行い、相続人を確定しなければなりません。
相続人確定のために必要な戸籍謄本の範囲は、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本のほか事案に応じて異なってきますし、被相続人やその他の当事者が、本籍を移している場合には、いろいろな市役所に戸籍の取り寄せを行わなければならない場合も少なくありません(詳しくは、「相続人の調査」を参照)。
3. 遺産・生前贈与の調査
遺留分を侵害する遺言書が作成されている場合は、遺留分権者は被相続人とは同居していないケースも多く、被相続人の遺産として何があるかについて十分な情報を有していないことが少なくありません。こうした場合、可能な限り知りうる情報を収集し、それらの情報を手がかりに金融機関への照会をかけたり、名寄帳を取り寄せたりと遺産の調査を行っていく必要があります(詳しくは、「遺産の調査について」参照)。
代表的な方法としては、遺言執行者が就任している場合には、遺言執行者に遺産目録の交付を要求することで遺産目録を入手し、それを手がかりにさらに遺産の調査を行っていく方法があります。また、相続税の申告を要する事案については、相続税申告書を精査することで、遺産の内容はもちろん生前贈与の手がかりが得られることもあります。
4. 遺産の評価
遺留分の交渉を有利に進めるためには、その遺産の時価がどの程度であるかを、正しく理解しておくべきですので、調査により判明した遺産を正しく評価しておく必要があります。
特に、不動産や非上場株式の評価は、専門性が要求されますので、この点に関する理解が不十分のまま交渉に臨むと、相手方の提示してきた評価額に対して適切な反論が行えず、相手方に有利に話を進められてしまうおそれがあります。遺産の評価に関する詳細については、「遺産の調査について」参照。
5. 遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)の通知
遺留分侵害額請求権(遺留分減殺請求権)の行使には期間制限があります(1年間の消滅時効及び10年間の除斥期間)。そのため、制限期間内に遅滞なく、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)の通知を行う必要があります。
期間内に遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)の意思表示を行ったことをしっかりと立証できるように、実務では、配達証明を付けた内容証明郵便を用いて通知書を発送することが一般的です。
任意交渉(裁判手続外の交渉)
後述する調停手続や訴訟手続は、一般的に1か月から1か月半に1度期日が開かれて主張や反論、和解に向けた話合いなどが行われ、解決するまで期日が繰り返されるという流れになりますので、合意の見通しが立つのであれば、任意交渉の方法を採用する方が早期に解決する場合があります。
他方、合意の見込みがない場合には、任意の交渉を早々に切り上げ、早期に調停手続や訴訟手続に移行した方が結果的に早期の解決につながることも少なくありません。これらの手続選択は、事案に応じて適切に行う必要があります。
任意交渉の結果、合意に至る場合には、それが後日覆されることのないように合意の内容を合意書という形でしっかりと書面に残す必要があります。合意書は、後日争いになった際にとても重要な証拠となりますので、押印する際には内容を精査し、合意の内容が過不足なく盛り込まれているか、自己に不利益な内容が含まれていないかを確認しなければなりません。
また、相手方が約束を違えるおそれが高い場合など、その合意書をもって強制執行が行えるように公正証書で合意書を作成する場合もあります。
調停手続の利用
調停手続は、裁判所において行う手続です。裁判官と調停委員が、双方当事者の主張を整理し、解決に向けた提言を行うことで、話合いによる合意を目指す手続です。
1. 裁判所への申立
遺留分減殺請求にかかる調停は、当事者間の管轄合意がない限り、相手方の住所地の家庭裁判所に対して申し立てを行う必要があります。申立書が裁判所に受理されると、第1回の調停期日が指定されます。
2. 書面の作成・期日への出席
調停手続が始まると、一般的に1か月から1か月半に1度程度の頻度で調停期日が開かれ、話合いが行われます。調停期日と調停期日の間には、期日の内容に応じて、こちらの主張や相手の主張に対する反論などを記載した書面を提出します。
調停手続では、一方の当事者が調停委員と話をし、その後交替で他方の当事者が調停委員と話をするという方法がとられることも多く、一度の調停期日に要する時間が長時間にわたることも少なくありません。こうした書面作成や期日出席の負担は、弁護士に依頼することで解消することができます。
3. 解決
双方が合意に至った場合には、調停成立となります。調停が成立した際に作成される調停調書は、債務名義となりますので、これを用いて強制執行を行うことができます。
訴訟手続の利用
遺留分に関する事件は.家庭裁判所の調停を行うことができる事件ですので、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)訴訟を提起する前に、遺留分に関する調停を申し立てなければならないとされています。もっとも、実務上は、調停を経ずに遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)訴訟を提起しても、調停を経るように命じられずに訴訟手続で進められるのが一般的です。調停手続と訴訟手続のいずれを利用すべきかは、事案の内容やそれまでの当事者の話合いの経緯から検討することになります。
1. 訴訟提起
相続開始時における被相続人の普通裁判籍所在地の地方裁判所又は簡易裁判所に、訴訟提起を行う必要があります。調停手続とは管轄の定めが異なることに注意が必要です。
訴訟を提起する場合の具体的な請求は、民法改正前の「遺留分減殺請求」と2019年7月1日以降の相続に適用される「遺留分侵害額請求」とで異なります。
民法改正前の「遺留分減殺請求」の訴訟手続は、遺留分減殺請求を行ったことによって、自身が有することになった財産の引渡を求めるという構造になります。たとえば、不動産であれば、「○年○月○日遺留分減殺を原因とする持分○分の○の所有権移転手続をせよ」といった請求を行うことになります。
これに対し、民法改正後の「遺留分侵害額請求権」の請求は、金銭債権ですので、「○○円を支払え」という請求をすることになります。
2. 書面の作成・期日への出席
訴訟手続が始まると、一般的に1か月から1か月半に1度程度の頻度で裁判期日が開かれます。裁判期日と裁判期日の間には、期日の内容に応じて、こちらの主張や相手の主張に対する反論などを記載した書面を提出します。こうした書面作成や期日出席の負担は、弁護士に依頼することで解消することができます。
3. 解決
当事者の主張が、ある程度出揃うと、裁判所から和解の勧奨がなされることが一般的です。当事者が合意する場合には、和解成立となります。和解成立時に作成される和解調書は債務名義となりますので、これを用いて強制執行を行うことができます。当事者が合意に達しない場合には、裁判所が判決を出します。判決書は、債務名義となりますので、これを用いて強制執行を行うことができます。
税務に関する注意点
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)を行った結果、一定の財産を取得した場合、当該事案が相続税の申告を要する事案であった場合には、取得した財産について相続税の申告や納税を行う必要がある場合があります。
この点を看過して、合意書の調印や和解を行ってしまい、相続税納付後の手取額が想定していた金額を大きく下回ってしまうようなことがないように、遺留分の紛争を解決するにあたっては、相続税にも注意して交渉を進めていく必要があります。
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