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相続分

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

集合写真
5

相続分

(1)

相続分とは

(イ)
遺産に対する共同相続人の分け前の割合を相続分といいます。
「各共同相続人は、 その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」 (民法899条) と規定されており、 ある相続人が具体的にどれだけの財産を相続するかは、 相続財産の額に当該相続人の相続分を乗じて算定されることとなります。
なお、 この計算の結果、 相続人が現実に受けられる財産を相続分ということもあります。
(ロ)
各共同相続人の相続分は、 被相続人の遺言による指定で決まり (指定相続分)、 指定がない場合には民法の定めるところ (法定相続分) によって決まります。 本 書では、まず、民法上の法定相続分について説明し、 次に指定相続分を説明するこ とにします。
(2)

法定相続分

相続分の指定がないときは、 相続分は民法の定めるところによって決まります。
(イ)
民法は、 法定相続分を次のように定めています。
(a)
配偶者と子とが共同相続人であるときは、 配偶者は2分の1、 子は何人いても 全体で2分の1の相続分を受けます (民法 900 条1号)。
子が複数いるときは、 各自の相続分は均等とされています。以前は、嫡出子と 嫡出でない子とがあれば、 後者の相続分は前者の2分の1とされていましたが、 現在では均等とされています(最高裁平成 25 年 9 月 4 日決定)。
(b)
配偶者と直系尊属とが共同相続人であるときは、 配偶者は3分の2、 直系尊属 は何人いても全体で3分の1の相続分を受け(民法 900 条2号)、 実父母・養父母 の区別なく、 直系尊属各人の相続分は均等とされています。
父母の代の者が一人もなく、 祖父母の代の者が相続する場合も同様です。
(c)
配偶者と兄弟姉妹とが共同相続人であるときは、 配偶者は4分の3、 兄弟姉妹 は何人いても全体で4分の1の相続分を受けます (民法 900 条3号)。 兄弟姉妹 各人の相続分は均等とされていますが、 父母の双方を同じくする兄弟姉妹と父母 の一方のみを同じくする兄弟姉妹 (例えば腹違いの兄弟) とがいる場合には、 後者の相続分は前者の相続分の2分の1とされています (民法 900 条4号ただし 書)。
(d)
配偶者がおらず、 子、 直系尊属または兄弟姉妹だけがそれぞれ共同相続人であるときは、 これらの者は、 相続財産の全体について、 前記のとおり相続分を受けます。
なお、 相続人が一人である場合には、 相続分の問題は起きません。
(ロ)
代襲相続人の相続分
相続人となるはずの被相続人の子が、 相続開始前に、 死亡し、 または相続権を失 った場合において、 その者に子 (被相続人からみれば孫) がいれば、 その死亡した 者または相続権を失った者(以下「被代襲者」といいます。)の代わりに被代襲者 の子が代襲相続人となります (民法 887 条 2 項本文)。 ただし、代襲相続人になれる のは、被相続人の直系卑属に限られます(民法 887 条 2 項ただし書)。
代襲相続人の相続分は、 被代襲者が受けるべきであった指定相続分または法定相 続分と同じです。
そして、 代襲相続人が複数いれば、 この被代襲者の相続分を先に述べた一般原則 の割合で相続します (民法 901 条1項)。 ただし、 被代襲者の配偶者は代襲相続人 となりませんから、 配偶者のない場合の相続分の割合で相続します。
兄弟姉妹が相続人となる場合に、 その者が相続開始の当時死亡し、 または相続権 を失った場合にも同様で、 その者の子 (被相続人からみれば甥・姪) が代襲相続人 となります (民法 889 条 2 項、同 901 条 2 項)。 ただし、 被相続人の子の場合と異な り、 兄弟姉妹の孫以下の直系卑属 (被相続人からみれば甥・姪の子以下) には代襲 相続権は認められていません。
(3)

指定相続分

(イ)
被相続人は遺言で、 共同相続人の相続分を定め、 またはこれを定めることを第三者に委託することができます (民法 902 条 1 項)。
(a)
指定は必ず遺言によらなければならず、 それ以外の生前行為で指定することは認められません。
(b)
指定は相続財産を一として各共同相続人についてそれぞれ何分の一と指定するのが一般的です。
ただ、 指定はこのような方法だけが許されているわけではありません。
例えば、 誰々には何々を与えるという指定も可能です。 しかし、 このような遺 言がなされた場合、 実際問題として、 それが相続分の指定であるのか特定遺贈な のか、 あるいは遺産分割方法の指定なのか、 紛らわしいことが少なくありません。
例えば、 「長男には自宅及びその敷地を与える」 という遺言がなされていた場 合、 長男は自宅及びその敷地だけで満足せよという趣旨ならば、 相続分の指定と もいえます。 しかし、 他方で、 この遺言は長男に対する特定遺贈ともいえますし、 さらに、 遺産分割にあたって、 自宅及びその敷地を長男に割り当てよという意味 ならば、 遺産分割方法の指定ともいえます。
このように、遺言について複数の解釈が成り立つと紛争の原因になりかねない ことから、遺言書を作成する際は、解釈が一義的に決まるよう、細心の注意を払 って文言を選ぶ必要があります。
(ロ)
遺留分を侵害する相続分の指定も有効であり、遺留分権利者は、当該相続分の指 定を受けた相続人に対して、遺留分侵害額請求権を行使することができます(民法 1046 条1項、同 1047 条1項)。
(4)

特別受益

(イ)
特別受益の意義
特別受益とは、 共同相続人の中の 1 人または数人が被相続人から婚姻、 養子縁組 のため、 もしくは生計の資本として生前贈与または遺贈を受けた財産がある場合の その財産の価額をいいます。
共同相続人の具体的相続分を算定するには、 通常被相続人が死亡し、 相続が開始 したときにおける相続財産の価額にその相続人の法定相続分又は指定相続分を乗じ て算定します。 しかし、 共同相続人の中の 1 人または数人が被相続人から婚姻、 養 子縁組のため、 もしくは生計の資本として生前贈与または遺贈を受けているときは、 その価額を遺産分割の際に計算に入れなければ衡平を欠く場合があります。
そこで、共同相続人の中の 1 人または数人が被相続人から特別受益を受けている 場合、特別受益を受けた共同相続人(以下「特別受益者」といいます。)は、被相続 人の相続開始時の財産額に特別受益を加算したものを相続財産とみなし、これに法 定相続分又は指定相続分を乗じて算定された財産額から、各共同相続人の特別受益を控除して、具体的相続分を算定します(民法 903 条1項)。特別受益が相続分の 価額に等しく、又はこれを超える特別受益者がいる場合、同人の相続分は相続分を 有しないことになります (民法 903 条 2 項)。
(ロ)
特別受益者の範囲
(a)
公益法人等
特別受益者となるのは、共同相続人の中で、 被相続人から遺贈を受け、 または婚姻、 養子縁組のためもしくは生計の資本として贈与を受けた者に限られます。
そして、 特別受益者に該当するか否かは、 一般的には生前贈与等がなされた時 点において、 当該贈与等を受けた者が推定相続人であったか否かによって、判断 するものとされています。
それでは、 特別受益者となるか否か問題となる者について、 上記判断基準に従い、 以下、 検討していきます。
(b)
被代襲者に対する生前贈与等
被代襲者は、 生前贈与等を得た時点では、 推定相続人です。 そして、 代襲相続 人は、被代襲者の地位を代襲して取得するのであって、 被代襲者を超える利益を 取得することはできません。
したがって、 被代襲者に対する生前贈与等は、 代襲相続人の特別受益として算 入すべきことになります。
(c)
代襲者に対する生前贈与
代襲原因発生前に贈与等がなされても、 その時点では代襲相続人は推定相続人ではありません。 したがって、 その生前贈与は、 他の第三者に対する贈与と同様 の性質でしかありません。それにもかかわらず、代襲原因発生前の贈与等を特別受 益に含めると、 代襲相続人以外の共同相続人に代襲がなかった場合以上の利益を 与えることになります。
他方、 代襲原因発生後に贈与等がなされた場合、 その贈与等を受けた代襲相続 人は、 その贈与等を受けた時点で、 推定相続人となっています。 また、 実質的に みても、 この贈与等を特別受益に含めないと他の共同相続人との不均衡が是正さ れないことになります。
したがって、 代襲原因発生前の推定相続人となった後、 即ち代襲原因発生後になされた代襲相続人に対する生前贈与等のみが特別受益に該当するものとされて います。
(d)
推定相続人となる前の生前贈与等
例えば、 養子縁組前に養子となるべき者に与えた金銭、 婚姻前に妻となるべき 者に与えた金銭などが挙げられます。
原則としては、 (c)代襲相続人に対する生前贈与と同様、 推定相続人となる前 の贈与は特別受益に該当しません。
しかし、 贈与が養子縁組 (婚姻) をするために、 又は養子縁組 (婚姻) するこ とが調ったことによりなされた場合は、 推定相続人となった後の贈与と実質的に 同視できますから、 特別受益に該当します。
(e)
相続人の配偶者その他の親族に対する生前贈与等
持戻しの対象となるのは、 共同相続人に対する贈与に限られます。 したがって、共同相続人の親族に対して贈与があったことにより共同相続人が間接的に利益を 得ていたとしても、 共同相続人の親族自身は推定相続人ではありませんから、 特 別受益に該当しません。
もっとも、 事実認定の問題として、 真実は推定相続人に対する贈与であるのに 名義のみその配偶者としたというような場合は共同相続人に対する贈与として特 別受益に該当する場合もあります。
(ハ)
特別受益財産の範囲
(a)
婚資等
婚資等とは、 婚姻または養子縁組に際し、 持参金・支度金など婚姻または養子 縁組のために被相続人から特にしてもらった支度の費用が典型的なものです。 婚資等は、 原則として特別受益に該当します。
ただ、 婚資等の価額が少額で被相続人の生前の資産及び生活状況に照らし、 扶 養の一部と認められる場合は、 特別受益とはなりません。 また、 共同相続人全員 に同程度の贈与があるときは、 後述する持戻免除の黙示の意思表示が認められる 場合が多いと思われます。
結納金、 挙式費用については、 実務上確立した定説があるわけではありません。
それは、 結納金や挙式費用が被相続人または相続人にとってどのような意味を持っていたかは一概に断定することができないという事情によるものです。 ただし、 挙式費用は、 通常は相続分の前渡しとはいえませんから、 特別受益に該当しない ことが多いと思われます。
(b)
高等教育のための学資等
ここにいう高等教育には、 親の扶養義務の範囲に属する義務教育は含まれませ ん。 また、 現在の我が国の教育水準に照らせば、 高等学校教育も義務教育に場合 に準じて考えることができ、 ここでいう高等教育には含まれないのが通例です。 したがって、 原則として、 大学以上の教育がここにいう高等教育に該当するとい えます。
留学の費用、 留学に準じるような海外旅行の費用も同様と考えられます。
高等教育のために被相続人の支出した費用又は被相続人から贈与された金銭は、 原則として特別受益に該当します。 ただし、 被相続人の生前の資産収入、 社会的 地位及び生活状況に照らし、 その程度の教育をするのが普通であるという場合、 すなわち扶養の範囲内と認められる場合は該当しません。 また、 共同相続人全員 が同程度の教育を受けているときは、 後述する持戻免除の意思表示があったもの と認められるものと思われます。
(c)
不動産の贈与
子供が独立する際に居住用の宅地を贈与した場合や、 農家において農地を子供に贈与した場合が生計の資本としての贈与の典型的なものです。
不動産はそれ自体高額な財産ですから、 不動産の贈与は、 生計の資本としての贈与と認められる場合がほとんどであり、 原則として特別受益に該当します。
(d)
動産、 金銭、 社員権、 有価証券、 金銭債権の贈与
相当額の財産の贈与は、 原則として特別受益に該当します。
ここで相当額とは、 被相続人及び相続人の資産収入、 社会的地位及び生活状況 に照らして、 小遣い、 慰労金、 礼金の範囲を超え、 相続分の前渡しと認められる 程度の高額であることを意味します。 事情により、 後述する持戻免除の黙示の意 思表示が認められる場合もあります。
(e)
借地権の承継
被相続人名義の借地権を被相続人の生前に、 推定相続人の1人の名義に書き換えることがあります。
この場合は、 原則として被相続人の名義譲受人 (法定相続人のうちの1人) に対する借地権相当額の贈与となります。 名義書換に当たり、 その相続人が借地権 取得の対価と認められる程度の名義書換料を支払っていたときは、 相続開始時の 借地権価額から、 書換料支払当時の借地権価額に対する支払った書換料の割合相 当分を差引くことになると思われます。
さらに、 借地権の承継とはいえなくても、 その実体において、 被相続人の借地 権の喪失による相続人の借地権の取得と認められる場合には、 特別受益があるも のと認めてよいと思われます。
なお、 借家権は、 原則として、設定、承継とも特別受益の問題は生じません。
(f)
借地権の設定
被相続人の土地上に相続人が建物を建築する際に被相続人の土地に借地権を設 定した場合、 借地権相当額の贈与と同視することができ、 その借地権相当額は特 別受益に該当します。
相続人が被相続人に対し、 借地権取得の対価すなわち世間相場の権利金を支払 っている場合は、 贈与と同視できないので特別受益に該当しないこととなります。
特別受益に該当する場合であっても、 後述する持戻免除の意思表示が認められ るときもあります。
(g)
遺産を無償で使用できることによる利益
1)
遺産である土地の上に相続人の 1 人が建物を建て、 土地を無償で使用してい る場合
土地の無償利用の場合、 通常、 被相続人と建物を建築する相続人との間に使 用貸借契約があるものと認められます。 したがって、 その相続人は、 占有権原 を有することになり、 他方で被相続人の財産はその占有権原の価額、 つまり使 用借権相当額の減少となります。
この場合の減少額(使用借権相当額)の評価はなかなか難しいのですが、 通常、 更地価額の1割から3割までの間で事情によって決定されているようです。
持戻免除の意思表示が認められる場合のあることは前記と同様です。
2)
遺産である建物に相続人の1人が居住している場合
被相続人と同居していない場合は、 通常使用貸借契約があるものと認められます。 被相続人と相続人の間に使用貸借契約による占有権原がある場合は、 土 地の無償利用の場合と同様、 使用借権相当額の特別受益となります。
被相続人と相続人の間に使用貸借契約の存在が認められずに相続人に独立の 占有権原がない場合は、 当該相続人には同居したことにより家賃の支払いを免 れた利益はありますが、 被相続人の財産は何らの減少もありませんから、 特別 受益には該当しません。
(h)
生命保険金
1)
共同相続人の一人が受取人とされている死亡保険金請求権又はこれを行使 して取得した死亡保険金は、原則として特別受益にはなりませんが、特別受益 に準じて、持戻しの対象となる場合があります。
その例外とは、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生 ずる不公平が民法 903 条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著 しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合であり、この場合には、 民法 903 条の類推適用により、死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した 死亡保険金は、特別受益に準じて、持ち戻しの対象となります(最高裁平成 16 年10月29日決定)。
2)
生命保険金が持戻しの対象となる場合の価額については、保険金額修正説 (保険料の一部を相続人が負担している場合は、保険金のうちの、被相続人が 負担した保険料の全保険料額に対する割合に相当する額が特別受益と認められ る説)が通説とされています。
(i)
死亡退職金、 遺族扶助料
1)
死亡退職金の法的性質は多様なものがあります。 死亡退職金の法的性質のう ち、 賃金の後払いという性質を強調すれば持ち戻すべきことになりますし、 遺 族の生活保障という性質を強調すれば持ち戻すべきでないということになりま す。
死亡退職金の取得者と相続人の範囲との異同、 取得者の定め方及び金額の算 定方法などから死亡退職金の趣旨が遺族の生活保障にあると推測されるか否か、 死亡退職金の取得について被相続人の意思が入り込む余地があるか否かなどを 検討して、 特別受益に該当するか否かが決められることになります。
遺族扶助料も、 死亡退職金と同様ですが、 その内容からしてほとんどの場合 法令等により遺族の生活保障のため支払われるものですから、 特別受益に該当 しない場合が多いでしょう。
(ニ)
特別受益の評価
(a)
評価の基準時
特別受益財産は、 相続開始の時点を基準として評価されます (最高裁昭51年3 月 18 日判決)。
この見解には異論もありますが、 a.民法 903 条、 904 条の文言、 b.寄与分 の規定 (民法 904 条の2)とのバランス、 c.相続開始時点の評価で具体的相続分 を確定することができ、 安定性がありしかも一部分割や遺留分算定も統一的に解 することができて便宜であることなどが、 相続開始の時点を基準とする理由とさ れています。
(b)
評価の方法
1)
贈与の目的物が受贈者の行為によって滅失したり、 その価額の増減があった 場合
受贈者の行為によって目的物が滅失したり、 目的物の価額が増減したりした 場合には、 その目的物が相続開始当時、 受贈者の行為の加えられない以前の贈 与当時の状態 (原状) のままで存するものとみなされて、 そのような状態の目 的物を相続開始時の時価で評価されます (民法 904 条)。
2)
贈与の目的物が受贈者の行為によらないで滅失したり、 その価額が増減した りした場合
贈与の目的物が天災その他の不可抗力によって滅失した場合に、 その価額を 受贈者の相続分から差し引くのは酷ですから、 受贈財産の価額は加算されず、 したがって、 その者はなにも貰わなかったものとして、 具体的相続分が計算されます。 また、 不可抗力によって目的物の価額が増減した場合には、 相続開始 時のその物の時価によって評価されます。
3)
特別受益財産の具体的な評価方法
イ.
不動産
具体的な評価方法について、 考え方が2つに分かれています。
つまり、 相続開始時の時価評価とする説と、 贈与時の価額を相続開始時の価額に評価換えする説ですが、 実務上、 前説によるのが一般的です。
ただし、 建物の価額については、 経年減価により、 贈与時の価額を下回っ た場合、 贈与時の価額を相続開始時の価額に評価換えするという考え方もあ ります。
ロ.
動産
動産も、 原則的な考え方は不動産と同様です。
ただ、 婚資として贈与された家財道具のように、 経年により相続開始時に はほとんど価値がないものについては、 建物と同様、 贈与時の価額を相続開 始時の価額に評価換えすることが合理的です。
ハ.
金銭
金銭については、 贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算した価額をもって評価するとされています (最高裁昭和 51 年 3 月 18 日判決)。
ニ.
株式、 有価証券、 ゴルフ会員権、 変動する金銭債権などは、 不動産同様、相続開始時における時価によるのが合理的です。
(ホ)
特別受益がある場合の算定方法
(a)
共同相続人中に特別受益者が存在する場合には、 次の方法で相続分を算定する ことになります。
1)
(相続開始時の相続財産の価額) + (特別受益) =みなし相続財産額
なお、 遺贈の場合には、 遺贈財産の価額は当該相続財産の価額中に含まれていますから、 加算する必要はありません。
2)
(みなし相続財産) × (法定または指定の相続分率) =本来の相続分
3)
(本来の相続分) – (贈与または遺贈価額) =具体的相続分
(b)
具体例
1)
超過特別受益者がいない場合の相続分の算定方法
相続財産額は 6000 万円、 相続人は妻 A と嫡出子 B、 C、 D の全部で4人。 B は 600 万円の生前贈与を受けており、 D は 800 万円の遺贈を受けているという場 合を例にとります。
2)
超過特別受益者がいる場合の相続分の算定方法
相続財産額は6000万円、 相続人は妻Aと嫡出子B、 C、 Dの全部で4人。 Bは1800 万円の生前贈与を受けており、 D は 1200 万円の遺贈を受けているという 場合を例にとります。
この場合の計算方法については、 実務上の定説はありませんが、 以下のよう に計算する審判例が多く見受けられます。
すなわち、 まず、 相続開始時における民法 903 条による各自の相続分額を計 算します。

次に、 超過特別受益者を除き、 他の相続人について全相続人の民法 903 条に よる相続分額の割合で、 相続分を算定します。
(ヘ)
持戻免除の意思表示
(a)
特別受益の持戻しは共同相続人間の衡平を図ると同時に、 被相続人の通常の意思の推測を基調とするところの算定方法ですから、 被相続人がそれと異なる意思 表示、 すなわち、 持戻しを免除する意思表示をしたときには、 遺留分の規定に反 しない限り、 その意思表示に従うことになります (民法 903 条 3 項)。
(b)
意思表示の方法
1)
贈与に関する持戻免除の意思表示
贈与に関する持戻免除の意思表示は、 特別の方式を必要としません。 また、 必ずしも贈与と同時になされることをも必要とせず、 生前行為による場合でも、 遺言行為による場合でも差し支えありません。
2)
遺贈に関する持戻免除の意思表示
遺贈に関する持戻免除の意思表示は、 遺贈が遺言によってなされる以上、 遺 言によらなければなりません。
(c)
黙示の意思表示
ところが、 現実には明示の意思表示のある場合はほとんどなく、 黙示の意思表示が認められるかどうかが問題となっています。
持戻しを免除すると、 特別受益者は、 特別受益財産の価額相当分を相続分より多く取得することになります。 そうしますと、 黙示の意思表示が認められるのは、 そのような利益を取得する合理的な事情がある場合ということになります。
具体的には、 次のような場合が考えられます。
1)
相続人による家業の承継
2)
寄与相続人に対しその寄与に報いるために贈与等がなされた場合
3)
相続人側に相続分以上の財産を必要とするような特別の事情がある場合
例えば、 身体的、 精神的障害があるために経済的に恵まれない相続人に対し、将来の扶養の意味も含め贈与等がなされた場合などがこれに該当します。
また、 各相続人に同程度の贈与をした場合は持戻免除の意思を推認することが できます。 婚資、 学資などについて、 被相続人が各相続人に対し同程度の負担を していれば、 持戻しをしないのが被相続人の意思にも合致し、 相続人の公平にも反しないことになります。
(d)
配偶者に対する持ち戻し免除の推定
被相続人が、自分の死後の配偶者の生活を考え、住居やその敷地を遺贈または 贈与している場合があります。これをそのまま特別受益と考えることも理論上は 可能です。
しかし、婚姻中に形成された財産が夫婦共有と推定されるように、住居の取得 に配偶者の寄与が考えられる場合がありますし、加えて、住居やその敷地の取得 により、生存配偶者が取得できる預貯金等が少なくなることは、その老後の生活 に不安を生じる一方、配偶者の老後を気遣った被相続人の合理的意思にも反する と考えられます。
そこで、平成 30 年の相続法改正により、被相続人から住居またはその敷地の遺 贈または贈与を受けている生存配偶者に関しては、被相続人からその遺贈または 贈与について持ち戻し免除の意思表示があるものと推定されることになりました (民法903条4項)。
これにより、被相続人が、住居やその敷地について生存配偶者に対し遺贈また は贈与をしていたとしても、原則として生存配偶者の特別受益とはならないとい うことになります。
(ト)
特別受益により相続分がない旨の証明
特別受益者が 「わたくしは被相続人からすでに財産の分与を受けており、 被相続人の死亡による相続については、 相続する相続分の存しないことを証明します」 と いう趣旨の証明書 (特別受益証明書) を添付書類として提出すれば、 簡単に当該特 別受益者を除いた共同相続人名義の相続登記をすることができます。
このため、 便法として、 遺産分割協議書や相続放棄手続の代りに、 実際に特別受 益がないにもかかわらず、 特別受益証明書を作ることによって特定の共同相続人に 相続登記をする例がよく見受けられます。 このような事実に反する特別受益証明書 も当人が当該不動産について相続しない旨の遺産分割協議書に代るものとして判例 はその効力を認めています。 しかしながら、 実際にはないことをあるものとして作 成しているわけですから、 トラブルの素となることが現実に少なくありません。 正 規の遺産分割協議書や正規の相続放棄手続によるべきことはいうまでもありません。
(5)

寄与分

(イ)
寄与分の意義
(a)
被相続人と共同して農業や商店の経営に従事してきた相続人のように、 共同相 続人の中に、 被相続人の財産の維持または形成に特別の寄与、 貢献した者がいる 場合に、 寄与、 貢献のあった相続人を、 寄与、 貢献のない他の共同相続人と同等 に取り扱い、 法定相続分どおりに分配するのは、 実質的にみて衡平を失すること になります。
そこで、 このような場合に、 相続財産の維持または形成に寄与した共同相続人 について、 法定相続分に寄与に相当する額を加えた財産の取得を認めて、 共同相 続人間の衡平を図ろうとするものです。
(b)
寄与分の成立要件
寄与分の成立要件は、 a.寄与行為の存在、 b.寄与行為が 「特別の寄与」 と評価できること、 c.被相続人の財産の維持又は増加があること、 d.寄与行為と被相続人の財産の維持又は増加との間に因果関係があると評価できることの4つに分けて考えることができます。
(ロ)
寄与分の態様
民法 904 条の2第1項は、 寄与分が認められる寄与行為として、 a.被相続人の 事業に関する労務の提供、 b.被相続人の事業に関する財産上の給付、 c.被相続 人の療養看護、 d.その他の方法を挙げています。
そこで、 以下では、 上記の四類型を参考に、 実務上寄与分の成否が問題となるパ ターンごとに説明します。
(a)
家業従事型
1)
家業従事型とは、 被相続人の事業に従事し、 相続財産の維持又は増加に寄与 した場合をいいます。
被相続人の営む事業の典型例は農業や商工業ですが、 医師、 弁護士、 司法書 士、 公認会計士、 税理士などの業務を含むとされています。
家業従事が特別の寄与に該当するといえるためには、 a.無償性、 b.継続 性、 c.専従性、 d.被相続人との身分関係、 e.その他の事情が問題となり ます。
2)
無償性
「特別の寄与」 といえるためには寄与行為は原則として無償でなければなら ないとされています。
もっとも、 実務上は、 この家業従事の類型において前記の専従性及び継続性 の要件を満たすような場合には、 寄与行為に対する給付が全くないといった事 例は稀であり、 何らかの対価的な給付がなされているのが通常です。 この場合、 被相続人が、 第三者に対して事業の執行を委任し、 又は第三者を従業員として 雇用した場合においてなされる第三者に対する給付と相続人に対する現実の給 付との間に差額がないときには無償性がないものと評価し、 その差額があると きには無償性があると評価し、 その差額をもって寄与分算定の基準とすること になると考えられています。
3)
継続性
同じく家業従事者としてなされた寄与行為が 「特別の寄与」 といえるためには、 これが相当長期間にわたって継続してなされることが必要とされています。
4)
専従性
共同相続人による家業についての貢献が 「特別の寄与」といえるためには、 当該寄与行為が臨時であるいは片手間でなされるのでは足りず、 本来自分が従 事すべき仕事と同様にこれに携わることが必要とされています。
5)
被相続人との身分関係
「特別の寄与」 とは、 被相続人と相続人の身分関係に基づいて通常期待され る程度を超えた貢献をいいます。 したがって、 その程度は、 被相続人と当該共 同相続人との具体的身分関係によって自ずから差異が生ずるものであり、 共同 相続人が配偶者あるいは子、 兄弟姉妹、 親族のいずれであるかによって同様の 寄与行為があっても寄与分が認められるか否かの差が出てくることになります。
そして、 通常期待される貢献の程度については、 一般に配偶者 (協力、 扶助 義務)、 親子 (扶養義務、 相互扶助義務)、 兄弟姉妹 (扶養義務、 同居の場合に は相互扶助義務)、 親族 (扶養義務、 同居の場合には相互扶助義務) の順序で 小さくなりますから、 その程度を超えた場合に初めて特別の寄与として認めら れることになります。
ここで 「親族」 とは、 共同相続人のうち両親を除く直系尊属及び代襲相続人 を指します。 例えば、 祖父母や被相続人の孫、 兄弟姉妹の子がこれに該当します。
(b)
金銭等出資型
金銭等出資型とは、 被相続人に対し、 財産上の給付を提供し、 又は被相続人の借金を返すなどして、 相続財産の維持又は増加に寄与した場合をいいます。
具体的には、 a.共稼ぎの夫婦の一方である夫が夫名義で不動産を取得するに 際し、 妻が自己の得た収入を提供する場合、 b.相続人が被相続人に対し、 自己 所有の不動産を贈与する場合、 c.相続人が被相続人に対し、 自己所有の不動産を無償で使用させる場合、 d.相続人が被相続人に対し、 被相続人の家屋の新築、 新規事業の開始、 借金返済などのため、 金銭を贈与する場合などが挙げられます。
この場合、 寄与分を肯定するためには、 a.無償性を要するほか、 b.金銭等 出資の効果が相続開始時に残存していることが必要です。
(c)
療養看護型
療養看護型とは、 被相続人の療養看護を行ない、 付添い看護の費用の支出を免れさせるなどして、 相続財産の維持に寄与した場合をいます。
実際の療養看護が特別の寄与に該当するといえるためには、 家業従事型と同様、a.必要性、 b.被相続人との身分関係、継続性、専従性が問題となります。
(d)
扶養型
扶養型とは、 被相続人を扶養して、 その生活費を賄い、 相続財産の維持に寄与 する場合をいいます。
ただ、 夫婦は互いに協力扶助の義務を負っていますし (民法 752 条)、 また直 系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養する義務を負っていますから (民877条1項)、 扶養行為が認められる場合でも、 特別の寄与にあたるかどうかの判断が必要にな ります。
したがって、 扶養行為につき寄与分を肯定するためには、 a.扶養義務の有無 及び分担義務の限度、 b.相続人の受けた利益が問題となります。
(e)
財産管理型
財産管理型とは、 被相続人の財産の管理を行ない、 管理費用の支出を免れさせるなどして相続財産の維持に寄与した場合をいいます。 具体的には、 不動産の賃 貸、 管理、 修繕、 保険料や公租公課の支払い等の行為が考えられます。
この場合、 通常は、 家業従事型や療養看護型のような専従性、 継続性といった 要件は考慮する必要はなく、 基本的には前述の金銭出資型に準じて特別の寄与と いえるかどうかを判断することになります。
(ハ)
寄与分の算定
具体的な寄与分の算定については、 民法には 「寄与の時期、 方法、 及び程度、 相続財産の額その他一切の事情を考慮して定める」 旨の抽象的な規定があるに止まり (民法 904 条の2第2項)、 その実際の適用は、 家庭裁判所の合理的な裁量に委ねら れています。
すなわち、 寄与分の具体的算定に当たっては、 相続財産の維持又は増加についてなされた相続人の寄与の程度を客観的に認定しただけでは足りず、 これに加えて相 続財産の額等一切の事情を考慮し、 裁量的にその額あるいは割合を定めることにな ります。
以下では、 具体的な寄与行為の類型ごとに実務上行なわれている具体的な寄与分 の算定方法を紹介することにします。
なお、 以下に紹介する算定式については、 それぞれ寄与分を定めるに当たっての 基本的要素を抽出してこれを数値化していますが、 これはあくまでもひとつのめや すであり、 絶対的基準ではないことに留意する必要があります。
(a)
家業従事型
(計算式)
寄与分額=寄与相続人の受けるべき相続開始時の年間給付額 × (1-生活費控除割合) ×寄与年数
(b)
金銭等出資型
(計算式)
a.
妻の夫に対する不動産取得のための金銭贈与
b.
不動産の贈与
寄与分額=相続開始時の不動産価額×裁量的割合
c.
不動産の使用貸借
寄与分額=相続開始時の賃料相当額×使用年数×裁量的割合
d.
子の親に対する金銭贈与
寄与分額=贈与当時の金額×貨幣価値変動率×裁量的割合
(c)
療養看護型
(計算式)
a.
実際の療養看護
寄与分額=付添婦の日当額×療養看護日数×裁量的割合
b.
費用負担
寄与分額=負担費用額
(d)
扶養型
(計算式)
a.
現実の引取り扶養
寄与分額=(現実に負担した額又は生活保護基準による額) ×期間× (1-寄与相続人の法定相続分割合)
b.
扶養料の負担
寄与分額=負担扶養料×期間 × (1―寄与相続人の法定相続分割合)
(e)
財産管理型
(計算式)
a.
不動産の賃貸管理、 占有者の排除、 売買契約締結についての関与
寄与分額= (第三者に委任した場合の報酬額) × (裁量的割合)
b.
建物の火災保険料、 修繕費、 不動産の公租公課の負担
寄与分額=現実に負担した額
(ニ)
具体的相続分の算定方法
共同相続人中に寄与者がいる場合、 具体的相続分の算定は以下のとおりとなります。
相続財産の価額 6000 万円、 相続人は妻 A、 子 B、 C の3名で、 B に寄与分 600 万円が定められた場合
(ホ)
寄与分と特別受益の関係
寄与分を主張する相続人が、 生前に若しくは遺贈で多額の財産を贈与されている場合、 あるいは特別受益のある相続人が被相続人の財産の維持・増加に貢献してい る場合、 生前贈与または遺贈と寄与分の関係を以下のとおり場合を分けて述べます。
(a)
寄与者と特別受益者が同一人である場合
1)
民法 903 条の生前贈与の持戻制度も本条の寄与分制度もともに共同相続人間 の実質的衡平を図る点で共通ですし、 また、 遺産分割の際に特別受益財産や寄 与を考慮して調整する点でも双方同じです。
したがって、 同じ相続人が寄与に対する実質的な対価としてすでに生前贈与 や遺贈を受けている場合には、 903 条3項の持戻免除の意思表示があったもの とみて、 生前贈与を持戻しの対象とせず、 一方、 その限度で寄与分の請求を認 めないことになります。
2)
さらに、 被相続人がある相続人について、 その寄与を慮って遺贈していた場 合であっても、 遺留分を侵害された他の相続人は寄与相続人に対して遺留分減 殺請求をすることは当然許されると考えられています。
その際、 寄与相続人は遺留分減殺請求に対して寄与の事実を主張して取り戻 される額を減少させることはできないとされています。
(b)
寄与者と特別受益者が同一人でない場合
1)
特別受益者の特別受益財産に対する寄与
生前贈与や遺贈が寄与相続人以外の者になされている場合、 寄与者は、 特別 受益者に対して寄与分を主張し、 その特別受益財産の返還を求めたりすること はできません。
寄与分はあくまでも被相続人が死亡時に残した積極財産について認められる に過ぎないものだからです。
ただし、 このような場合も、 寄与の一態様として 「一切の事情」 の要素のひ とつとして考慮され、 被相続人が相続開始の時において存した財産を分割する 中で寄与分が認められることになるものと思われます。
2)
寄与分が特別受益により侵害されている場合
寄与者以外の者に多額の生前贈与や遺贈がなされたことにより寄与分の額を定める範囲が非常に僅かになってしまったような場合であっても、 遺留分侵害 の場合とは異なり、 寄与分が侵害されたとして生前贈与や遺贈の一部を取り戻 すことはできないと考えられています。
3)
共同相続人中に寄与者と特別受益者がいる場合、 具体的相続分の算定は、 以 下のとおりです。
イ.
超過特別受益者がいない場合
特別受益に関する民法 903 条と、 寄与分に関する民法 904 条の2との適用の優劣によって見解が分かれています。
最近の家庭裁判所の審判例では、 両規定を同時に適用したものが見受けられます。 この見解によれば、 例えば、 相続財産の価額 3000 万円、 相続人は 妻A、 子B、 Cの3名、 Bに寄与分400万円が認められ、 Cには800万円の生 前贈与がある場合には、

となります。
ロ.
超過特別受益者がいる場合
超過特別受益者がいる場合でも、 算定方法は、 超過特別受益者がいない場 合と同様です。
ただ、 超過特別受益があるときは、 その超過分は受益者が保有し現実に出 捐するわけではありません (民法 903 条 2 項)。 そのため、 その超過分を他 の者が負担することになります。
この超過分の負担方法については、 各種の見解が分かれており、 寄与者に対 し寄与分の部分に対しても超過分を負担させるのか否か、 など、 複雑な問題が 伴い、 実務上いまだ統一的な見解にいたっていません。
(ヘ)
寄与分と遺言の関係
(a)
寄与者を定める遺言の効力
被相続人が、 特定の相続人に対し、 「寄与分として遺産の3分の2を与える」 あ るいは 「寄与分として自宅を与える」 というような文言の遺言によって、 寄与分 を定めることはできないと一般的には解されています。
寄与分は、 共同相続人の協議、 家庭裁判所の調停または審判で定めることとさ れ (民法 904 条の 2、 家事事件手続法別表 2 の 14)、 遺言によって定めることと されていないからです。 仮にこのような遺言が作成されたとしても、 その遺言は 共同相続人や家庭裁判所を拘束しないと理解されています。 同様に、 寄与分を一 切与えないとする遺言も効力を有しないと解されています。
なお、 寄与分の指定としての拘束力はないにしても、 先に述べた遺言が、 遺贈 ないし相続分の指定として有効となるか否かは別個の問題となります。
(b)
遺言の寄与分に及ぼす影響
遺言による遺産の処分には、 a.遺贈、 b.相続分の指定、 c.分割方法の指定及びd. 「相続させる」 との文言による処分があります。
これらの各処分が寄与分に対し影響を及ぼすのか否か、 影響を及ぼすとして、どのような影響を及ぼすのか、 以下、 各処分に分けて検討します。
1)
遺贈
イ.
特定遺贈
特定遺贈によって全ての遺産が特定人に割り付けられた場合には、 遺産分割が行なわれる余地はありませんから、 寄与分の問題は生じません。 寄与分 は遺産分割が行なわれることをその前提とするからです。
遺産の一部について特定遺贈がなされた場合、 「寄与分は、 被相続人が相 続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した額を超える ことができない」 (民法 904 条の 2 第 3 項) のですから、 寄与分は遺産分割 の対象となる残部の遺産の範囲内でのみ認められます。
ロ.
包括遺贈
a.
包括遺贈のうち、 1名の受贈者に対して全財産の包括遺贈がなされた場 合には、 遺産分割は行なわれませんから、 寄与分の問題は発生しません。
また、 遺産の一部について包括遺贈がなされた場合、 特定遺贈の場合と 同様に残部の遺産について遺産分割がなされますから、 寄与分は当然問題 となります。 この場合は、 特定遺贈と同様の結論となります。
b.
これに対し、 全遺産が複数の受遺者に分数的割合で包括遺贈された場 合、 包括遺贈は相続人と同一の権利義務を有する (民法 990 条) とされま すから、 受遺者間で遺産分割が行なわれ、 具体的な遺産の帰属が確定され ることになります。 したがって、 遺産分割が行なわれはしますが、 寄与分 の主張は許されないと解されています。
2)
相続分の指定
相続分の指定がなされたとしても、 個々の遺産の最終的な帰属は確定しませんから、 遺産分割によってこれを確定させる必要があります。 遺産分割におい ては、 指定相続分は遺言のない場合の法定相続分と同様に、 寄与分と特別受益 によって修正され (民法 904 条の 2 第 1 項)、 その結果算定された具体的相続 分に従って遺産の配分がなされます。
すなわち、 相続分の指定がなされた場合には、 寄与分の主張をすることがで きます。
3)
「相続させる」 との文言による処分
イ.
特定の遺産を特定の相続人に 「相続させる」 趣旨の遺言は、 遺言書の記載から、 その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段 の事情のない限り、 当該遺産を当該相続人をして単独で取得させる遺産分割 の方法が指定されたものであると解されます。 そして、 かかる遺言があった 場合には、 当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示 にかからせたなどの特段の事情のない限り、 何らの行為を要せずして、 当該 遺産は被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されることになります (最高裁平成3年4月19日判決)。
ロ.
遺言によって、 全遺産が割り付けられた場合には、 遺産分割の余地はなく、 全遺産について特定遺贈がなされた場合と同様に、 寄与分の問題は生じない と解されます。
ハ.
一部の遺産について 「相続させる」 旨の遺言がなされた場合
この場合、 残部の遺産について遺産分割が行なわれますから、 その際に寄与分の主張をすることができます。
(ト)
寄与分と遺留分の関係
(a)
寄与者に対する遺留分減殺請求・・・共同相続人の内部関係
1)
寄与者への寄与分付与の場合
共同相続人の1人に高い割合の寄与分が認められると、 その寄与分の額が他 の共同相続人の遺留分に食い込んでしまう事態が生じますが、 寄与分が認めら れた共同相続人に対して、 他の共同相続人が遺留分減殺請求をすることはでき ないと解されています。
2)
寄与者への遺贈の場合
これに対して、 被相続人が寄与分を考慮して、 予め寄与者に多くの遺贈をし て、 他の共同相続人の遺留分が侵害された場合、 遺留分を侵害された共同相続 人は、 上記遺贈について減殺請求をすることができ、 この請求に対し、 寄与者 が寄与の事実を抗弁として主張することはできないと解されています。
これは、 a.遺留分算定の基礎財産 (相続債務を控除) と寄与分算定の基礎 財産 (相続債務は非控除) とが異なること、 b.遺留分減殺請求権は通常の訴 訟によって行使される権利であるのに対し、 寄与分は家庭裁判所の審判により 決定される権利であるところから、 減殺請求があった場合に寄与分をもって対 抗することを認めることは法律技術的にきわめて困難であること、 の2点の理 由からです。 したがって、 被相続人が寄与分を考慮して寄与者に多くの遺贈を しても、 他の相続人の遺留分を侵害するときは減殺を受けることになります。
多数の学説も、 この結論に賛成しており、 これに従った裁判例もあります (東京高裁平成3年7月30日判決)。
(b)
寄与者の第三者に対する遺留分減殺請求・・・対第三者関係
第三者に対し、 遺留分を侵害する遺贈等があった場合、 第三者に対する遺留分 減殺請求において、 共同相続人中に寄与者がいたとしても、 寄与分の有無などは遺留分減殺請求の範囲等に影響を及ぼすものではないと解されています。
(チ)
相続人以外の者の特別の寄与
従来、寄与分は、相続人にのみ考えられてきました。
しかし、相続人以外の親族が被相続人に対して貢献する場合も世上見聞きする ところです。例えば、相続人の配偶者や子、或いは、相続権のない甥姪等が被相 続人の療養介護にあたり、あるいは、無償で稼業の手伝いをする等です。これら を相続人ではないからと不問に付することが公平に反するのは勿論、これらを相 続人の寄与と便宜的に構成することも公平を欠く場合がありました(妻が夫の父 母の面倒を見たが、夫自身は身持ちが悪く多額の借金を抱えているという場合等)。 実際に貢献した者を評価することが公平に適すると考えられます。
そこで、平成30年の相続法改正により、被相続人に対し無償で療養看護その 他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持または増加について特別 の寄与をした被相続人の親族(民法 725 条、ただし、相続人、相続放棄した者、 相続欠格者、相続から廃除された者を除く)は、相続人に対し寄与の応じた額の 金銭(特別寄与料)の支払いを請求できるとされました(民法 1050 条 1 項)。
当事者間で協議が調わないとき、特別寄与者は、相続の開始および相続人を知 ってから6カ月以内、又は、相続開始から1年以内であれば、家庭裁判所に協議 に代わる処分を請求することができます(民法 1050 条 2 項)。
相続人が複数ある時は、特別寄与料の支払い義務は、各相続人の法定相続分に 比例します(民法 1050 条 5 項)。
(6)

相続分の譲渡

(イ)
譲渡の対象となる相続分の意義
ここでいう相続分とは、 遺産の中の特定の財産または権利に関する持分ではなく、 積極財産のみならず消極財産をも含む包括的な遺産全体に対する各共同相続人の分 数的割合を意味します。
(ロ)
譲渡の要件
相続分の譲渡は有償、 無償を問いませんが、 遺産分割前になされなければなりません。 また、 その譲渡につき別段の方式も必要としませんから、 口頭または書面い ずれによってもすることができます。
相続分の譲渡について、 対抗要件 (他の共同相続人への通知など) を必要とする か否かについては、 見解が分かれています。
なお、 相続分の一部譲渡も許されると解されます。
(ハ)
相続分の譲渡の効果
相続分の譲渡により譲渡人の相続分は譲受人に移転し、 譲受人は譲渡人の相続財 産に対する分数的割合をそのまま取得します。 したがって、 譲受人は相続財産を管 理し、 遺産分割を請求し、 これに参加する権利を取得することになります。
ただし、 相続分の譲渡があった場合でも、 譲渡人が相続債務を免れることはでき ないと解されています。
(ニ)
相続分の取戻し
(a)
取戻しの意義
相続分の取戻しは共同相続人の1人が相続財産の分割前にその相続分を第三者 に譲渡した場合に、 他の共同相続人がその価額及び費用を償還して、 その相続分 を譲り受けることです (民法 905 条)。
(b)
取戻しの要件
相続分の取戻権が発生するためには、 相続分が共同相続人や包括受遺者以外の第三者に譲渡されることを必要とします。 相続分が共同相続人間で譲渡された場 合には、 当該共同相続人の相続分が変更するだけですから、 それらの者から取戻 すことはできません。
(c)
取戻権者
譲渡相続分の取戻権をもつ者は、 譲渡した相続人以外の共同相続人です。
(d)
取戻権の行使方法
相続分取戻権は共同相続人の 1 人が単独でこれを行使することができ、 共同相続人が数人ある場合でも、 全員で共同して行使する必要はありません。 取戻しの意思表示が有効であるためには、 相続分の価額と譲渡に要した費用を償還しなければなりません。
(e)
取戻しの効果
取戻権が行使されると、 相手方は当然に相続分を喪失し、 相続債権者に対して 負担した債務も免れます。
そして、 取り戻された相続分の帰属については、 取戻権を共同相続人の1人が 単独で行使した場合には、 その者に属し、 共同で行使したときは、 償還した額や 費用の分担の割合に応じて各自に属するという説と、 譲渡相続人以外の共同相続 人全員にその相続分の割合に応じて帰属し、 取戻しに要した費用、 償還に要した 費用はそれらの全相続人がその相続分の割合に応じて負担することになるという 説とに分かれています。
(7)

相続分の放棄

(イ)
意義
相続分は、 積極財産のみならず、 消極財産をも含む遺産全体に対する持分ですか ら、 他の共同相続人の承諾なくして、 同人らに、 放棄者の相続分を帰属させる効果 を生ずるような相続分の放棄を認めることはできず、 民法上も相続分の放棄は認め られていません。 そのためには、 熟慮期間内に相続放棄の方法をとらなければなら ないはずです。
しかし、 熟慮期間経過後においても自己の相続分の取得を希望しない場合があり ます。 この場合、 遺産分割において相続財産の分配を受けないと定めることによっ て、 その目的を達することができますが、 遺産分割前においても、 民法 255 条によ り、 相続積極財産のうち個々の相続財産上の共有持分を放棄することによって同様 の結果をもたらすこともできます。
農業等の家業を一人の相続人に承継させたい場合や、 相続人間に争いがあるなど 遺産分割の終了までに相当な期間を要するときに、 この争いに関与することを嫌っ て、 このような放棄がなされることがあります。
(ロ)
放棄の効果
相続財産上の共有持分の放棄がなされると、 放棄した相続人の相続分 (共有持分) は当該相続人以外の相続人に、 その有する相続分に応じて帰属することになります。 したがって、 共同相続人が同一系列である場合には、 民法 915 条の相続放棄 と同一の結果となりますが、 異なる系列の場合には差が生じます。
また、 共有持分の放棄にすぎないのですから、 消極財産すなわち相続債務の負担 は免れません。
(ハ)
相続分の譲渡との異同
相続分の譲渡は、 有償・無償を問いませんから、 相続分の贈与も認められ、 これが他の共同相続人のために相続分を放棄するという形で行なわれることがあります。
したがって、 相続人が相続分を放棄するという意思を表明した場合であっても、直ちに共有持分の放棄とすることなく、 まず、 それが特定の共同相続人に対するも のであるか否かを確認すべきであり、 これが肯定されれば、 当該相続人への相続分 の譲渡とみるのが真意に合致します。