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財産分離

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

集合写真
8

財産分離

(1)

意義

民法上、 相続開始とともに被相続人に属していた全ての権利義務は相続人に包括的に 承継されます。 これによって、 相続財産と相続人の固有財産が混合することになり、 相 続人はこの混合した財産から、 相続債権者(被相続人に対する債権者)と受遺者(被相 続人の遺言によって相続財産を受け取る人)に対して弁済をするだけでなく、 自己固有 の債権者に対しても弁済をする必要があります。 そして、 相続財産が債務超過であると きは、 相続人が損害を被るだけにはとどまらず、 相続人固有の債権者も十分な弁済を受 けられず不利益となります。 また、 相続債務が比較的少なく、 相続人の固有財産が債務 超過であるとき、 相続債権者と受遺者は十分な弁済を受けられなくなり不利益となりま す。 前者の場合、 相続人は承認・放棄の自由な選択によって自己の利害を守ることがで きます。 しかし、 相続の承認・放棄は相続人の自由な選択です。 そこで、 相続人には自 己の不利益を回避する方法があることの比較から、 公平の見地より、相続人の債権者や 相続債権者及び受遺者にも自己の意思で利益を守る手段が認められるべきでしょう。 こ の考え方から設けられた制度が財産分離です。 相続財産と相続人固有の財産との混合を 回避するため、 相続開始後に、 相続人の債権者や相続債権者及び受遺者の請求によって 相続財産を相続人固有の財産から分離して管理・清算する手続です。 財産分離は、 相続 財産によって相続債務が完済されないときは、 相続人が相続人の固有財産で残債務を弁 済する責任がある点で限定承認とはちがいます。
財産分離には、 講学上、 第一種の財産分離と第二種の財産分離の2つに分けて呼ばれ ています。 第一種の財産分離は、 相続債権者又は受遺者の請求による財産分離のこと、 第二種の財産分離とは、 相続人固有の債権者の請求による財産分離のことをいいます。
実務的に、 破産法において、 相続破産制度が認められていることから、 財産分離制度 はほとんど利用されていません。
(2)

手続

(イ)
請求権者
第一種の財産分離の請求権者は、 相続債権者と受遺者です (民法 941 条1項)。 第二種の財産分離の請求権者は、 相続人固有の債権者です (民法 950 条1項)。
財産分離の請求権は、 一身専属的なものではありません。 したがって、 本来の請求権者が、 請求をしないまま死亡した場合は、 その者の相続人がその権利を承継し て、 財産分離の申立をすることができます。
(ロ)
請求期間
第一種の財産分離の請求期間は、 相続開始のときから3か月、 または、 それ以後 でも、 相続財産と相続人の固有財産とが混合しない間です (民法 941 条1項)。
第二種の財産分離は、 相続人が限定承認をすることができる間又は相続財産と相 続人の固有財産とが混合しない間は、 請求することができます (民法 950 条1項)。
「相続人が限定承認をすることができる間」 とは、 相続人が自己のために相続の開 始があったことを知った時から 3 か月間のいわゆる熟慮期間です。 この期間は、 家 庭裁判所によって伸長されることもあります (民法 915 条1項)。 よって、 第二種 の財産分離の請求期間は、 第一種の財産分離の請求期間よりも長くなることもあり ます。
(ハ)
分離手続
財産分離の請求は、 家庭裁判所に対して行います (民法941条1項・950条1項)。 第一種の財産分離を命ずる審判があったときは、 その請求をした者は、 5日以内に他の相続債権者及び受遺者に対し、 財産分離の命令があったこと及び一定の期間 内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければなりません。 ただし、 この期間は 2か月を下ることはできません (民法 941 条 2 項)。
この公告において、 知れたる債権者及び受遺者に対して申出を促す必要はなく、 また知れたる債権者及び受遺者でも、 申出をしなければ、 清算から除斥されます (民法 947 条 2 項)。 この点、 限定承認の場合と異なっています。
しかし、 第二種の財産分離の場合、 請求者は、 知れたる債権者等に対し、 個別に 催告をなし、 またその申出がなくても、 清算から除斥できないとされています (民 法950条2項、 927条、 79条2項、 3項)。
なお、 第二種の財産分離における公告も、 第一種の財産分離と同様に、 審判のあ った後5日以内にしなければなりませんし、 また配当加入の申出期間も、 2か月を 下ることが許されていません (民法 950 条 2 項、 927 条)。
財産分離の請求を認容した審判に対しては相続人が、 請求を棄却した審判に対し ては相続債権者・受遺者・相続人の債権者が、 即時抗告をすることができます (家 事事件手続法 202 条 4 項)。
財産分離の請求があったときは、 家庭裁判所は、 相続財産の管理に必要な処分を 命じます (民法 943 条1項)。 実務上、 管理人が選任されることが多いです (民法 943 条2項)。 この管理人には、 不在者の財産管理人の権利義務に関する 27 条から 29条が準用されます。 管理人が選任されるまでの間は、 相続人は、 単純承認をした 後でも、 その固有財産に対するのと同一の注意義務をもって、 相続財産を保管しな ければなりません (民法 944 条1項)。 相続人の相続財産管理には、 委任に関する 645 条から 647 条と 650 条1項 2 項が準用されます (民法 944 条 2 項)。
第二種の財産分離の請求があった場合も、 相続財産の管理については全く同様で す (民法950条2項、 943条、 944条)。
(3)

効力

(イ)
第一種の財産分離の効力
(a)
財産分離の請求をした者及び 941 条 2 項の期間内に、 配当加入の申出をした相 続債権者及び受遺者は、 相続財産については、 相続人の債権者に先だって弁済を 受けられます (民法 942 条)。
弁済の時期は 941 条 2 項の期間満了後です。 弁済を受けられる者は、 財産分離 の請求又は配当加入の申出をした債権者及び受遺者に限定されます (民法947条 2項)。 弁済は債権額に応じてなされます。 この期間満了の前は、 相続人は、 相続 債権者及び受遺者に対して、 弁済を拒絶できます (民法 947 条1項)。
(b)
財産分離によって、 相続債権者及び受遺者は、 第三者に対して優先的な地位に 立ちます。 この地位を第三者に対抗するためには、 相続財産中の不動産について は登記をする必要があります (民法 945 条)。 この理由は、 この地位を債権者等 に保障すると同時に、 第三者をも保護するためです。 この登記は、 相続人におい て自由に処分しえない旨を表示する、 処分権限の登記と考えられています。
(c)
相続人が相続財産中の物を売却や賃貸し、 他人がこれを滅失毀損して相続人に 損害賠償をするときなどにおいて、 相続債権者及び受遺者は、 相続人が受け取るべき代金・賃料・賠償金を相続財産に繰り入れて、 自己の弁済にあてることができます (物上代位・民法 946 条、 304 条)。
(d)
相続人は、 弁済期に至らない債権でも弁済しなければならず、 条件付又は存続期間の不確定な債権は、 家庭裁判所の選任した鑑定人の評価に従って弁済をしな ければなりません (民法 947 条 3 項、 930 条)。 相続人は、 相続債権者に弁済した 後でなければ、 受遺者に弁済することはできません (民法 947 条 3 項、 931 条)。
また弁済のための相続財産の換価が必要なときは競売によるか、 競売の代わりに 鑑定人の評価に従った相続財産の全部又は一部の価額を弁済に供するかしなけれ ばなりません (民法 947 条 3 項、 932 条)。 この競売には相続債権者、 受遺者も、 自己の費用で参加できます (民法 947 条 3 項、 933 条)。
また、 相続人が、 債権者の配当加入申出の期間満了前に弁済の拒絶をせず、 一 部の債権者に対し弁済をしたりしたため相続債権者に損害を生じさせた場合は、 相続人に損害賠償の責任が発生します。 財産分離の請求をした者は、 941 条の公 告を怠った場合には責任を負わなければなりません。 さらに、 事情を知って不当 に弁済を受けた相続債権者及び受遺者に対して、 他の相続債権者・受遺者は求償 権を行使できます (民法 947 条 3 項、 934 条)。
(e)
相続債権者及び受遺者は、 相続財産をもって全部の弁済を受けられないとき、 その残余債権をもって、 相続人の固有財産について権利行使ができます (民法 948 条前段)。
しかし、 この場合には、 相続人固有の債権者は、 相続債権者及び受遺者に先立 って弁済を受けることができ (民法 948 条後段)、 相続財産について優先的利益 をもった相続債権者及び受遺者は、 相続人の固有財産については、 相続人固有の 債権者に先順位を譲るべきとされています。 相続債権者及び受遺者は、 自己の意 思によって財産分離を請求し、 相続財産については、 相続人固有の債権者に優先 して弁済を受けたのですから (民法 942 条)、 そのまま相続人固有の債権者と同 順位において、 相続人の固有財産について権利行使できるとしたのでは、 相続人 固有の債権者との間に均衡を失することになるからです。
しかし、 ここにいう相続債権者及び受遺者とは、 財産分離の請求をした者及び 配当加入の申出をした者だけに限られます (民法 948 条)。 特典を享受しなかった相続債権者らは、 相続人の固有財産について不利益な処遇を受ける理由はないからです。
(f)
しかし、 受遺者は常に相続債権者の後でなければ弁済を受けられません (民法947 条 3 項、 931 条)。 したがって、 配当加入の申出をしても、 全く弁済が受けら れない受遺者も考えられます。 このような受遺者を、 配当加入をしなかった相続 債権者などより冷遇する必要はありません。
よって、 一部の弁済をも受けなかった者は、 配当加入の申出をしなかった者と 同じく、 財産分離とは無関係に、 相続人固有の債権者と対等に、 相続人の固有財 産について権利行使できると考えられています。
(g)
相続人は、その固有財産をもって、相続債権者もしくは受遺者に弁済をし、又 はこれに相当の担保を供し、 財産分離の請求を防止し、 又はその効力を消滅させ ることができます (民法 949 条)。 これによって、 相続人は、 財産分離を回避す ることができます。 このような場合、 財産分離は不要となるからです。 ただし、 相続人固有の債権者が、 これによって損害を受けるべきことを証明して異議を述 べたときは、 この限りではありません。
(ロ)
第二種の財産分離の効力
第二種の財産分離も、 相続財産の一応の清算であり、 実質において、 第一種の財産分離と効力はほとんど同じです。 しかし、 第二種の財産分離の効力について、 独 立の規定は設けられておらず、 限定承認又は第一種財産分離の規定を準用する形式 がとられています。 そのため限定承認の規定を準用した部分については、 第一種財 産分離の規定と、 多少のズレを生じています。 たとえば、 第二種財産分離において は、 相続財産から弁済をうけられる相続債権者について、 財産分離の請求をした者 及び配当加入の申出をした者の他に 「知れたる債権者」 が加えられています (民法 950 条2項)。