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相続人の不存在

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

集合写真
9

相続人の不存在

(1)

相続財産法人

(イ)
総論
(a)
相続が開始しても、 相続人がいない場合があります。 絶対的に不存在の場合もありますし、 相続人のあることが不明であるという場合もあります。
相続人の存在が不明である場合、 相続人を探す必要があると同時に相続人が現れるまでその相続財産を管理し、 仮に相続人が現れなければ相続財産を清算し、 相続財産の最終的な帰属を決める必要があります。 この二つの目的を実現するた めに設けられた制度が相続人不存在の制度です。
民法 951 条は、 「相続人のあることが明らかでないときは、 相続財産は、 これ を法人とする」 と規定して、 相続財産は法人になるものとし、 清算の目的のため 権利主体を法律によって創成しました。 これを相続財産法人といいます。
この相続財産法人には相続財産管理人が選任され (民法 952 条)、 この管理人 により相続財産の管理・清算及び相続人の捜索が行われます。
(b)
相続財産法人の成立
1)
相続人が明らかではないために、 相続財産法人が成立するのは次の場合です。
イ.
戸籍上相続人が存在しない場合
人の身分関係は戸籍の記載によって決められるのではありません。 この場合でもなお相続人が存在する可能性がありますので、 念のため相続人を捜索 すると同時に、 管理人による清算手続をする必要もあります。
戸籍上相続人が存在しない場合とは、 戸籍の記載に法定相続人が1人も存 在しない場合と、 戸籍の記載があっても最終順位の相続人が相続欠格や推定 相続人の廃除、 相続放棄などにより相続資格を失っている場合を含みます。
ロ.
相続人のないことが明らかである場合
相続人のないことが明らかである場合については明文の規定はありません。
しかし、 現実的に相続人が現れる可能性が全くないとの状況も考えにくいことから、 この場合は相続財産法人が成立すると考えられています (通説)。
2)
次のような場合には、 相続財産法人が成立するかどうかについて、 判例・学 説に争いがあり、 実務の扱いは定まっておりません。
イ.
戸籍上の相続人は存在しないが包括受遺者がいる場合
遺産全部について包括受遺がなされた場合について、 相続財産法人の成立を肯定する見解は、 包括受遺者が相続人と同一の権利義務を有するとされる のは相続財産に対する権利義務についてのことであり、 その余の法律関係ま でに及ぶものではなく、 民法 952 条、 954 条などの受遺者について、 特に包 括受遺者を除いているとは考えられないことを理由とします。
他方、 成立を否定する見解は、 包括受遺者に相続人と同一の権利義務を有 すること (民法 990 条)、 相続財産法人による清算を必要としないことを理 由とします。
なお、最高裁は、相続人は存在しないが相続財産全部の受遺者が存在する 場合は、民法951条の「相続人のあることが明らかでないとき」には当た らないと判断しており(最高裁平成 9 年 9 月 12 日判決)、相続財産法人の成 立を否定しています。
また、 相続財産の一部について包括遺贈がなされた場合について、 相続財 産法人の成立を肯定する見解は、 包括受遺者の受遺分が特定、 固定している と解する以上、 少なくとも受遺分を超える分については無権限であり、 最終 的に国庫に帰属するほかないと解するという意味で、 受遺分を除く残部につ いて相続人不存在の手続が開始するといわなければならないとの理由から、 相続財産法人の成立を肯定します。
他方、 成立を否定する見解は、 相続財産の一部のみの清算は好ましくない こと、 相続財産の一部の国庫帰属はできる限り回避すべきであることなどを 理由として、 包括受遺者が全相続財産を取得すると考えて、 相続財産法人の 成立を否定します。
ロ.
戸籍上の相続人は存在しないが、 相続人が現れる可能性がある場合 (認知 の訴や離婚・離縁の無効訴訟、 父を定める訴などが係属している場合)
相続財産を法人とし、 後日相続人の存在が確定すれば、 相続財産法人は、 遡及的に消滅すると処理すればよいとする見解もありますが、 判決の確定前 に相続財産が国庫に帰属するのを回避すべきであるから、 判決の確定を待つ べきであり、 相続財産法人の成立は否定すべきと考えられています。 その間の遺産管理の法的根拠について争いがあり、 民法 918 条を類推適用して、 遺 産の現状の保持を中心に考える見解や遺産の管理を可能にするために民法 895 条を類推適用すべきとする見解があります。
ハ.
表見相続人が事実上相続している場合
下級審判例には、 事実相続をなし相続財産を支配する者があるときは、 第三者が相手方の相続権を否認してただちに相続人のあることが明らかでない とすることができないとして、 相続財産法人の成立を否定するものがありま す (朝鮮高院昭和8年2月14日判決)。
相続財産法人の成立を肯定する見解は、 表見相続人から弁済を受けた相続 債権者が後に現れた真正相続人に対して、 取得時効や即時取得などによって のみ保護されるとすると、 きわめて不安定な立場となりますから、 真正相続 人又は相続財産法人に相続回復請求権を認めて、 相続財産法人が成立すると 考えます。
他方、 成立を否定する見解は、 相続債権者などの第三者は表見相続人の相 続権を否定して、 相続人のあることが明らかでないとして管理人選任の請求 をすることはできないとします。
3)
相続人が存在する場合には、 その相続人が行方不明又は生死不明のときでも、 相続財産法人は成立しません。 この場合の財産管理は、 不在者の財産管理又は 失踪宣告の規定によります。
4)
相続財産法人は、 相続人の存在が明らかでなければ、 被相続人の死亡の時に 法律上当然に成立します。 相続財産法人の成立については、 何ら手続を要せず、 公示の方法をとることも必要ありません。 法人の成立が外部に対して明確にな るのは、 相続財産管理人が家庭裁判所から選任された時点です。
(c)
相続財産法人の消滅
相続財産法人が成立した後、 相続人のあることが明らかになったときは、 相続財産法人は成立しなかったものとみなされます (民法 955 条本文)。 相続財産法 人は遡及的に消滅します。
「相続人のあることが明らかになったとき」 とは、 単に相続人と称する者が現 れただけでは不十分であって、 その者が相続人であることを立証しその身分関係 が法律上確定したことが必要です。
包括受遺者が現れたときの扱いについては、 争いのあるところですが、 消滅と 解する下級審判例があります (東京地裁昭和 30 年 8 月 24 日判決。 先に説明した 最高裁判例の立場との整合性を考えると、消滅と解する見解が有力でしょう。
消滅の時期については争いのあるところですが、 法律関係を簡明にする見地か ら、 現れた相続人が相続を承認した時と解されています。 法人が消滅しても、 そ れまでに管理人がその権限内でした行為の効力は妨げられないとされています (民法 955 条ただし書)。 取引の安全を保護し、 相続財産の管理、 清算という制度 趣旨に沿わせるためです。
(ロ)
相続人の捜索手続・公告
相続人不存在手続に関して必要とされる公告は3回あり、 これらにはそれぞれ相続人捜索の側面があり、 3回の公告によって相続人が現れるのを促しています。 第 一回は家庭裁判所のなす相続財産管理人選任の公告 (民法 952 条 2 項) です。 第二 回は相続財産管理人のなす相続債権者および受遺者に対する請求申出催告の公告 (民法 957 条1項) です。 第一回の公告後2か月以内に相続人のあることが明かに ならなかったときは、 遅滞なくすべきものとされ、 2か月を下らない範囲で定めら れた期間内に債権の申出を促すものです。 第三回目は、 相続財産管理人又は検察官 の請求によって、 家庭裁判所のなす、 相続人があるならばその権利を主張すべき旨 の権利主張催告の公告 (民法 958 条) です。 相続人のあることが明らかでないとき は、 家庭裁判所は、 前2回の公告をしますが、 この2回の公告によっても、 なお相 続人のあることが明らかでないときは、 家庭裁判所は、 この第三回目の公告をする のです。 その期間は6か月を下ることができないとされています。
第三回の相続人捜索の公告は、 特別縁故者への財産分与及び国庫帰属の対象とな るべき財産の確定を目的とするものです。 したがって、 清算の結果残余財産が全く なくなった場合は、 この公告をする必要はありません。
この期間の起算点は、 具体的かつ明確であることから、 公告の日又は公告に指定 する公告後の日と考えられています。
この期間内に相続人と主張するものが現れ、 その相続権の主張があったときは、 家庭裁判所は、 明白に不適法な主張でない限り、 これを受理し相続財産管理人にそ の旨を通知すべきと考えられています。 この主張を不当として、 相続人であること を争う場合は、 別途訴訟で決するほかありません (東京高裁昭和 39 年 3 月 30 日判 決)。
この期間内に相続権の主張がない場合は、 相続人の不存在が確定します。 この期 間内に相続権の主張がなされれば、 訴訟で相続人の資格について争われている間に 公告期間が満了したとしても相続人の不存在は確定しません。 しかし、 この期間は 各申出人ごとに別々に進行しますから、 その期間内に申出をしたものにつき相続確 認訴訟が係属していても、 当該訴訟の当事者以外の者による相続申出については、 当該訴訟の確定までこの期間が延長されるものではありません (最高裁昭和 56 年 10 月 20 日判決)。
相続人が権利を主張するためには、 必ず公告期間内に相続人である旨の申出をす る必要があります。
期間内に相続権の申出を行わない者は、 別途相続権確認の訴訟を提起していても 失権します (神戸家裁昭和51年4月24日審判)。 相続人捜索の公告の満了後は、 相 続人及び管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者は失権します (民法958条の 2)。
失権する権利について、 相続人に関しては相続権であることは明白です。 相続債 権者及び受遺者に関しては、 清算手続の性質上、 弁済によって消滅する性質の権利 (貸金債権など)だけをいうと考えられています。
したがって、 地役権、 地上権などの用益物権は消滅しません。 賃借権も対抗力を 具備している限りは消滅しません。 それぞれ特別縁故者又は国庫に承継されます。
(ハ)
相続財産管理人
(a)
選任手続
1)
相続財産法人が成立した場合
家庭裁判所は、 利害関係人又は検察官の請求によって、 相続財産管理人を選任しなければなりません (民法 952 条1項)。 しかし、 家庭裁判所は必ず請求 に応じて管理人を選任しなければならないものではなく、 相続人不存在手続は、相続人の不存在の場合の相続財産その他の法律関係の処理を目的としますから、 その必要がない場合は、 請求を却下すべきとされています。 相続財産が全くな いか、 ほとんどない場合でも、 相続人がいない被相続人から所有権を取得して いた者が対抗要件を具備していないときは(例えば相続人のいない被相続人か ら不動産を買ったものの、登記が完了する前に被相続人が死亡してしまった場 合など)、 その者に対抗要件を具備させるべく相続財産管理人を選任する必要 があります。
よって、 相続財産も解決すべき法律問題も全くない場合には、 相続人不存在 手続をとる必要はありません。 選任された相続財産管理人が不適任である場合、 家庭裁判所は職権でいつでも解任することができます。 また、 選任の審判の後 に、 要件を満たしていないことを発見した場合は、 申立てによって、 家庭裁判 所は、 この審判を取り消すことになります。
選任の審判又は選任申立ての却下の審判に対しては、 不服申立はできません。
2)
申立権者
申立権者は、 利害関係人又は検察官です (民法 952 条1項)。
「検察官」 に申立権を認めたのは、 財産権の持つ社会的側面という公益的見 地によるものです。 「利害関係人」の範囲については不明確です。一般に、利 害関係人とは相続財産の帰属に関し、 法律上の利害関係のあるものとし、 相続 債権者、 特定受遺者、 相続債務者のほか、 被相続人に対して何らかの請求権を もつ者が該当すると考えられています。 特別縁故者として、 民法 958 条の 3 に 基づく相続財産の分与を請求しようとする者も、 該当すると考えられています (昭和 41 年 8 月 4 日家二 111 号最高裁家庭局長事務取扱回答)。
この他に実務上、 利害関係人として申立適格が認められた者には、 次のよう なものがあります。
イ.
都道府県知事等
都道府県知事等も相続財産に利害関係があるときは、 相続財産管理人の選任を申立てることができます。
建設省又は都道府県知事が道路工事又は河川工事に関して民有地を公共用地として取得する場合において、 その民有地の所有者の相続人のあることが明らかでないときは、 当該建設省所管国有財産取扱部長としての知事又は都 道府県知事も利害関係人に該当するとした先例があります (昭和38年12月 28 日家二 163 号最高裁家庭局長回答)。
ロ.
生活保護の実施機関たる市町村長
生活保護法の実施機関が生活保護法による措置をとった場合には、 当該実施機関も利害関係人に該当するとされています (昭和35年6月13日民事甲1459 号民事局長回答)。
ハ.
葬式費用を支出した者
葬式費用を支出した者は相続債権者とはいいにくいですが、 この者も「利 害関係人」 に含めるべきとされています。
ニ.
国庫
肯定するのが通説です。
3)
時効の停止
相続財産管理人が選任された場合、 その選任の時点から6か月間は相続財産に対する時効は完成せず、 時効は停止します (民法 160 条)。 この規定は時効 完成後に管理人が選任されたときにも適用があると考えられており、 相続財産 たる不動産を 10 年間所有の意思をもって平穏かつ公然、 善意無過失で占有し たとしても、 相続財産管理人の選任までは取得時効の完成はあり得ず、 管理人 の選任後 6 か月を経過したときに、 時効が完成するとの判例があります (最高 裁昭和35年9月2日判決)。
(b)
管理人の地位、 権限
1)
管理人の地位
相続財産管理人の法律上の地位は、 一般に相続財産法人の代表者であると解 されています。 抵当権者がその実行をする際、 相続人が不存在の場合は、 抵当 権者は、 相続財産管理人の選任を申立て、 その管理人に対して手続を進める必 要があり、 その相手方は相続財産法人であって、 管理人はその代表者にすぎま せん。 土地の売主が死亡して相続人不存在となり、 登記申請をする場合も同じ です。 また、 不在者の相続財産に関する訴訟の当事者適格があるのは相続財産 法人であり、 相続財産管理人個人ではありませんから、 相続財産管理人個人を被告とした相続財産法人に対する判決は不適法です。 また、 財産管理人の選任 後に相続人が現われ、 相続財産法人が成立しなかったものとみなされる場合に は、 遡及的に相続人の法定代理人になるものと解されています。
相続財産に対して第三者が訴訟をする場合は、 本来相続財産管理人の選任を 申立てるべきですが、 証拠保全や時効中断などの緊急の必要性があり、 管理人 の選任を待てないなどの事情があるときは、 特別代理人の選任を申請できます (民事訴訟法35条) (大審院昭和 5 年 6 月 28 日決定)。
特別代理人が選任された後に、 相続財産管理人が選任される場合があり、 こ の両者の権限の関係が問題になります。 相続財産の特別代理人の代理権は、 相 続財産管理人の選任ないし当該管理人の訴訟受継によって当然消滅するもので はなく、 裁判所の解任によって消滅するとされています (最高裁昭和 36 年 10 月 31 日判決)。
2)
管理人の権限
イ.
財産管理人の権利義務については、 不在者財産管理人の権利義務の規定が準用され、 相続財産の管理に関し、 民法 103 条所定の権限の定めのない代理 人と同一範囲の権限のみを有し、 その権限を超える行為は、 監督家庭裁判所 の許可を得てはじめてこれをすることができます (民法 953 条、 28 条)。
家庭裁判所の許可を得ないでできる行為としては、 被相続人が生前にした不 動産売却による所有権移転登記手続に協力し、 あるいは手続の実行として相 続財産を売却する行為、 被相続人の書面によらない贈与の取消、 相手方の提 起した訴えないし上訴に対して、 相続財産管理人がする訴訟行為などがあり ます。
これに対し、 相続財産管理人が訴えを提起する場合に家庭裁判所の許可が必 要かどうかは議論のあるところですが、 実務では、 敗訴したときに相続財産 管理人の責任が生ずることへの配慮もあって、 相続財産管理人から家庭裁判 所の許可を求める事例が多く、 許可を必要とするとの考えによって運用され ています。
家庭裁判所の許可が必要な行為について、 相続財産管理人が許可を得ないでしたときは無権代理行為となります。 よって、 無権代理行為の追認や表見代 理 (民法 113 条、 110 条) の規定が適用されます。
ロ.
相続財産管理人は、 家庭裁判所が選任した財産の管理者であることから、その権限の行使に関し、 民法の委任の規定が準用されます (家事事件手続法 125条6項、208条 民法 644 条、 646 条、 647 条、 650 条)。 相続財産 管理人は、 善良な管理者の注意を以て相続財産を管理する義務を負います。 また、 相続財産の管理にあたって受領した金銭その他の物を相続財産法人に 引渡す義務を負います。 そして、 これらの金銭その他の物を自己のために消 費した場合は、 その消費した日以後の利息を支払わなければなりません。 相 続財産法人に損害を生じさせた場合は、 その損害の賠償責任を負います。 そ の反面、 相続財産管理人は、 相続財産の管理について必要な費用を立替払し た場合は、 相続財産法人に対してその費用額と支出の日以後の利息の償還を 請求できます。 相続財産管理人が財産の管理について必要な債務を負担した 場合は、 その負担した債務の弁済や担保の提供を相続財産法人に対して請求 できます。 さらに、 相続財産管理人が自己に過失なく損害を被った場合は、 相続財産法人に対し損害賠償を請求できます。
3)
管理人の職責
イ.
相続財産の調査及び財産目録の作成、 提出
相続財産管理人は、 就任後できるだけ早く記録を閲覧して、 事件の概要を 把握し、 相続財産の現状を調査しなければなりません。 そのうえで、 財産目 録2通を作成し、 その 1 通を監督家庭裁判所に提出しなければなりません (民法 953 条、 27 条1項本文、 家事事件手続規則 112 条、 82 条1項)。
ロ.
相続財産状況報告義務
相続財産管理人は、 相続債権者又は受遺者の請求があるときは、 相続財産の状況を報告しなければなりません (民法 954 条)。 相続財産の管理に重大 な利害関係を有する相続債権者及び受遺者の利益を保護するために定められ た義務です。
ハ.
清算義務
相続財産管理人は、 すべての相続債権者及び受遺者に対して、 債権申出の公告をする必要があり、 その期間が経過したら、 限定承認における清算手続に準じて清算の職務を有します。
4)
代理権の消滅
相続財産管理人の代理権は、 相続人が相続の承認をしたときに消滅します (民法 956 条1項)。 相続人が判明した場合、 相続財産法人は遡及的に消滅する 以上、 管理人の代理権も、 その時に消滅することになるはずです。 しかしそれ では、 相続人が直ちに相続財産の管理を始め得ないような場合に、 相続財産が 無管理の状態におかれることになったり、 出現した相続人が相続の放棄をし再 び相続人不存在の状態を生ずるような場合に、 事実上不都合な事態がおきるお それがあるからです。 ここにいう 「承認」 とは、 単純承認 (民法 920 条) はも ちろん、 単純承認とみなされる場合 (民法 921 条) 及び限定承認した場合 (民 法 922 条) を含みます。
(2)

特別縁故者に対する財産分与

(イ)
公益法人等
相続人の不存在が確定した場合、 家庭裁判所は、 相当と認めるときは、 被相続人 と生計を同じくしていた者、 被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別 の縁故があった者の請求によって、 これらの者に、 清算後残存すべき相続財産の全 部または一部を与えることができます (民958条の3)。 これが、 特別縁故者に対す る財産分与の制度です。
この制度は、 一般に遺言や遺贈の欠陥を補充して、 被相続人の意思の実現を図る ためのものと理解されています。
(ロ)
特別縁故者の意義
(a)
特別縁故者について、 民法は次の三つの縁故者を考えています。
第一に、 「被相続人と生計を同じくしていた者」、 第二に、 「被相続人の療養看 護に努めた者」 、 第三に、 「その他被相続人と特別の縁故があった者」 です。
被相続人と生計を同じくしていた者及び被相続人の療養看護に努めた者は例示 と考えられています。
特別縁故者の一般的基準について、 民法 958 条の 3 は、 特別縁故者の範囲を例 示的に掲げたにとどまり、 その間の順位に優劣はなく、 家庭裁判所は、 被相続人 の意思を忖度尊重し、 被相続人と当該縁故者の自然的血族関係の有無、 生前にお ける交際の程度、 被相続人が精神的物質的に庇護恩恵を受けた程度、 死後におけ る実質的供養の程度その他諸般の事情を斟酌して分与の許否及びその程度を決す べきであり、 自然的血族関係が認められる場合はそのこと自体切り離すことので きない因縁であって縁故関係は相当濃いものと認めるのが相当であると判示した 裁判例があります (大阪高裁昭和 44 年 2 月 24 日決定)。
以下、 裁判例を中心に、 具体的範囲を検討します。
(b)
被相続人と生計を同じくしていた者、 これは、 主として内縁の妻のように密接な生活関係があるにもかかわらず、 民法上相続権の認められていない者を想定し たものとされています。 したがって、 これにあたるとされた者は、 ほとんどが親 族ないし事実上それと同視される者であって、 全くの他人の事例は少ないです。
1)
内縁の配偶者
特別縁故者制度創設の目的の主要なものとして、 内縁配偶者の保護があったとされています。 相続人不存在の場合に、 内縁の配偶者に実質的に相続権に似 た救済を与えることを期待しています。 被相続人と長年辛苦を共にしまさに被 相続人の特別功労者というべき内縁の妻、 30年以上にわたり被相続人と生活を 共にし被相続人死亡の際には唯一の身寄りとして葬儀を営み菩提を弔った内縁 の妻、 子供は生まれず、 婚姻届も出さなかったものの約 24 年間被相続人と夫 婦として同棲生活をしてきた内縁の妻などが、 特別縁故者として認められてい ます (順に、 山口家裁昭和49年12月27日審判、 東京家裁昭和38年10月7日 審判、 岡山家裁昭和46年12月1日審判)。
2)
事実上の養子
典型例として多数認められた事例があります。
3)
おじ、 おば
被相続人と血縁上もまた実生活上も比較的近い関係にありながら相続権をもたないおじ・おばも、 特別縁故者とされることは少なくありません。
4)
継親子
5)
亡子の妻
6)
亡継子の子
7)
未認知の非嫡出子
(c)
被相続人の療養看護に努めた者
これは、 被相続人の謝意を推定し、 遺言が可能であればその者に遺言したであろうと考えられる事情を根拠としたものといえます。
血縁関係のある者で認められた事例として、 結婚の機会に恵まれず、 兄の死後は身寄りがなく、 恩給と家屋の賃貸料とで生計を維持してきた被相続人に対して、 その老後の相談相手となるなどして世話をし、 死亡後は、 葬祭一切を執行し、 現 在まで祭祀を主宰し、 今後もつづける意思のある 5 親等の血族などがあります (鹿児島家裁昭和 38 年 11 月 2 日審判)。
他人が認められた事例として、 老齢のために病気で臥床する被相続人のため、 食事や洗濯の世話をしたり、 入院中もたびたび訪れて洗濯などの身の廻りの世話 をしたり、 2回の入院の前後には自宅で面倒をみたり、 死亡時には葬儀の世話を したりした民生委員、 ともに警備員の勤務をしたことにより知り合い、 被相続人 が癌になった後は、 被相続人を病院に入院させ、 仕事に余暇のある限り入院中の 被相続人を見舞うなどして約5か月間被相続人の療養看護に努め、 死後はその供 養をした職場の元同僚などがあります (前橋家裁昭和 39 年 10 月 29 日審判、 東 京家裁昭和46年11月24日審判)。
看護婦や家政婦などが被相続人の療養看護にたずさわることが多いですが、 こ れらの者が特別縁故者に該当するか否かが、 看護婦などは職業として看護にたず さわっており、 正当な報酬を得ていることから問題となります。 この点、 審判例 には 「付添婦、 看護婦などして正当な報酬を得て稼働していた者は特別の事情が ない限りは民法 958 条の3にいう被相続人の療養看護に努めた者とはいえず、 し たがって、 原則としては特別縁故者とは認められないが、 対価としての報酬以上 に献身的に被相続人の看護に尽した場合には、 特別の事情がある場合に該当し、 例外的に特別縁故者に該当すると解すべき」 であり、 「申立人は2年以上もの間 連日誠心誠意被相続人の看護に努め、 その看護ぶり、 看護態度および申立人の報酬額からみて、 対価として得ていた報酬以上に被相続人の看護に尽力したもので あるといえるのであって、 したがって、 申立人には前記特別の事情があるとみる のが相当である。」 と判示したものがあり (神戸家審昭51年4月24日判時822号 17 頁)、 一定の場合に特別縁故者にあたることを肯定しています。
(d)
その他被相続人と特別の縁故があった者
これは、 法定相続人以外の親族や友人などで被相続人による生活保障を受けてきた者が考えられます。 裁判例には、 「『その他の特別縁故者』 とは、 生計同一 者、 療養看護者に準ずる程度に被相続人との間に具体的かつ現実的な交渉があり、 相続財産の全部又は一部をその者に分与することが被相続人の意思に合致するで あろうとみられる程度に被相続人と密接な関係があった者をいうと解すべきであ る。」 と判示したものがあります (東京家裁昭和 60 年 11 月 19 日審判)。
(e)
その他の問題点
1)
過去における一時期の縁故
被相続人の死亡時には、 特別な縁故関係は認められないが、 過去の一定の時 点に特別縁故とみられる事情が存在するときにも争いはありますが、 特別の縁 故があることもあると考えられています (通説)。
2)
被相続人と申立人の同時存在
相続では、 相続開始時に被相続人と相続人が同時に存在しなければならない とされているところ (同時存在の原則)、 被相続人の死亡後に生まれた者が特 別縁故者となることができるか問題とされています。
この点、 「相続財産分与の制度は遺言が同時存在の原則に抵触するが故に効 力を生じない場合をも含めて、 遺産の帰属者がない場合なお諸般の事情を考慮 して相当ならば之を特別縁故者に帰せしめることを目的とするものと解すべき であり、 そう解釈すればこの制度が本来同時存在の原則の制肘を受けるもので ない」 と判示し、 同時存在の原則を否定する裁判例が多いです (大阪家裁昭和 39年7月22日審判)。
3)
死後縁故
被相続人の死亡後に特別な縁故関係が生じた者を特別縁故者と認めることができるか問題とされています。
大阪高裁昭和 45 年6月 17 日決定は、 「財産があって特に被相続人が生前金 銭的に世話を受けた事実がない場合でも、 幼少時より身近な親族としてたえず 交際し、 死亡後は葬儀、 納骨、 法要等遺族同様の世話を行ない、 今後も被相続 人の祭祀回向を怠らぬ意向である者もこれに含めた方が同条の立法の趣旨や故 人の意思に合致すると推測され、 これに異議を述べる者がない場合はこれを含 めてよい」 と判示し、 また、 福島家裁昭和 46 年 3 月 18 日審判は、 「同法条が 相続人のない相続財産の全部又は一部を国庫帰属前に恩恵的に分与することと 定めた点を考慮すると、 被相続人の生存中特別の縁故がなかったとしても同人 がその生存中死後のことを予測できたならば、 これにつき遺贈、 贈与等の配慮 を払ったに違いないと思われる場合には、 被相続人の死後における特別の縁故 を認め、 同法条の 「その他被相続人と特別の縁故があった者」 に該ると解する のが相当である。」 と判示し、 死後縁故を肯定する裁判例が多いです。
(ハ)
相当性
(a)
総論
特別縁故者に対する財産分与が認められるためには、 分与することが相当であ ることが必要です。 相当性の判断基準について、 被相続人と特別縁故者との縁故 関係の厚薄、 度合、 特別縁故者の年齢、 職業等や、 相続財産の種類、 数額、 状況、 所在等一切の事情を考慮して、 分与すべき財産の種類、 数額等を決定すべきと考 えられています (高松高裁昭和 48 年 12 月 18 日決定)。
(b)
複数の申立ての場合
申立人が複数いる場合の分与の基準について、 明文の規定がありません。 そこで、 共同相続の遺産分割に関する民法 906 条、 即ち 「遺産に属する物又は権利の 種類および性質、 各相続人の年齢、 職業、 心身の状態及び生活の状況その他一切 の事情を考慮してこれをする。」 と同様に考えるべきとされています。
(c)
長期間経過後の申立ての場合
財産分与の申立てが被相続人が死亡してから長期間経過した後になされた場合におけるその申立ての相当性が問題となります。
この点、 裁判例の多数は、 民法 958 条の3による申立には被相続人の死後相当 期間内になすべしとの制限はないとして、 被相続人死亡後長期間経過した申立で も認容しています (熊本家裁昭和 47 年 10 月 27 日審判)。
(ニ)
財産分与の手続
(a)
申立手続
1)
申立権者は、 特別縁故者です。 財産分与は申立てをした特別縁故者に対して のみなされるので、 第三者への分与は認められません (通説、 判例。大阪家裁 昭和43年11月18日審判)。
2)
管轄に関して、 申立ては相続開始地の家庭裁判所にする必要があります (家 事事件手続法 203 条 3 号)。
3)
申立期間について、 分与の請求は、 相続人捜索の公告期間満了後3か月以内 に申し立てなければなりません (民法 958 条の3第2項)。 期間経過後の申立 ては認められていません。
4)
申立てをするときは、 被相続人との特別の縁故関係を明らかにする必要があ ります (家事事件手続規則 110 条 1 項)。
申立書には特別縁故関係となる事情を具体的に記載し、 関係人の戸籍謄本、 生計を同じくしていたときは住民票、 被相続人の意思を推測させる資料などを 添付書類として提出する必要があります。
5)
特別縁故者と目される者が財産分与の申立てをすることなく死亡した場合、 特別縁故者たる地位の相続は否定され、 相続人は申立人の地位を承継しないと 考えられています (通説、 判例。大阪家裁昭和 39 年 7 月 22 日審判)。
(b)
審理手続
1)
申立通知
財産分与の申立てがあったときは、 家庭裁判所は、 遅滞なく管理人に対しそ の旨を通知しなければならないとされています (家事事件手続規則110条2項)。 管理人は、 申立てがあれば、 分与申立事件が終了するまで、 引き続き相続財産 の管理を継続することになります。
2)
併合審理
数人から分与の申立てがあったときは、 審判手続及び審判は、 併合しなければならないとされています (家事事件手続法 204 条 2 項)。 この趣旨は、 各申 立人に対する審判が事実上抵触するのを回避し、 その縁故関係を比較検討し総 合的に判断して適正妥当な審判ができるようにするためです。
分与の申立てが数個の裁判所に係属する場合には、 前述の趣旨から管理人選 任裁判所など一個の裁判所が審判できるよう事件の移送など運用上の考慮が望 まれています (昭和 37 年 6 月 28 日最高裁家二第 116 号最高裁家庭局長通達)。
3)
管理人の意見の聴取
家庭裁判所は分与に関する審判をするにあたり、 相続財産管理人の意見を聴 取しなければなりません (家事事件手続法 205 条)。 この趣旨は、 相続財産法 人の代表者であり、 その職務上相続財産の全体を把握し、 特別縁故者の縁故関 係をよく知り得る立場にある管理人の意見を聴取することにより、 適正妥当な 分与に関する審判が期待されるからです。 意見聴取の方法には特段の規定はな いので、 書面でされたり、 審問又は家庭裁判所調査官の調査のときなどは、 口 頭でされたりします。
4)
換価
家庭裁判所は、 財産分与のため必要があると認めるときは、 管理人に対して、相続財産の全部又は一部について、 競売又は任意売却を命ずることができます (家事事件手続法 207 条,194 条、 家事事件手続規則 111 条,103 条 4 項乃至 9 項)。 相続財産の競売又は任意売却を命ずる審判に対して、 申立人又は管理人 は即時抗告をすることができます (家事事件手続法 207 条,194 条 5 項)。
相続財産の競売又は任意売却を命ずる審判が確定した後に、 その理由が消滅 するなどの事情の変更があったとき、 家庭裁判所は、 その審判を取り消すこと ができます (家事事件手続法 207 条,194 条 3 項)。
(c)
審判
1)
手続
財産分与の審判は、 これにより特別縁故者を相続財産についての具体的権利 者とする一種の形成的判決です。
審判の告知は、 分与の審判の場合には申立人及び管理人に対して、 また却下 の審判の場合は申立人に対して、 それぞれする必要があると考えられています。
申立人及び管理人は、 分与の審判に対し、 また申立人は却下の審判に対して、それぞれ即時抗告ができます (家事事件手続法 206 条 1 項)。
2)
効力
分与の審判の確定によって、 特別縁故者は相続財産を取得します。 相続財産 法人からの無償贈与であると考えられています。
(d)
分与対象財産
1)
分与の対象となる財産は、 「清算後残余すべき相続財産」 です。 したがって、 相続財産を構成する一切の財産が分与の対象となりえます。
2)
分与の方法
通常、 相続財産の現物が分与されます。
(3)

相続財産の国庫帰属

(イ)
相続人に対する権利主張の催告の期間満了により、 相続人の不存在が確定した後、 三か月内に財産分与を申立てる特別縁故者があれば、 これを審理して申立てを却下 するか、 認容して分与を許すかし、 それでもなお相続財産が残存している場合には、 その相続財産は国庫すなわち国家に帰属します。
(ロ)
国庫帰属の時期について、 学説の争いのあるところですが、 最高裁判決は、 相続 人不存在の場合において、 特別縁故者に分与されなかった相続財産は、 相続財産管 理人がこれを国庫に引き継いだ時に国庫に帰属し、 相続財産全部の引継ぎが完了す るまでは相続財産法人は消滅せず、 相続財産管理人の代理権も引継未了の相続財産 について存続すると判示し、 実務の扱いは統一されました (最高裁昭和 50 年 10 月 24 日判決)。