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遺言

相続紛争の予防と解決マニュアル

第1

相続法の基礎知識

集合写真
10

遺言

(1)

遺言事項

(イ)
意義
遺言は、 法律で定められた事項に限りなすことができる行為です。 遺言でなしうる事項を遺言事項といいます。
遺言事項は、 a.信託法上の信託の設定 (信託法 3 条 2 項)、 b.財産処分すなわち遺贈 (民法964条) 及び一般財団法人の設立・財産の拠出 (一般社団・財団法人 法 152 条2項、157 条1項)、 c.子の認知 (民法 781 条 2 項)、 d.相続人の廃除 又はその取消 (民法 893 条、 894 条 2 項)、 e.祭祀の承継者の指定 (民法 897 条)、 f.生命保険受取人の変更(保険法 44 条1項)、 g.遺言執行者の指定又は指定の 委託 (民法 1006 条1項)、 h.後見人又は後見監督人の指定 (民法 839 条1項及び 民法 848 条)、 i.相続分の指定又は指定の委託 (民法 902 条1項)、 j.遺産分割 方法の指定又は指定の委託 (民法908条)、 k.遺産分割の禁止 (民法908条)、 l. 相続人の担保責任の指定 (民法 914 条)とされています。
これら遺言事項は、 生前行為によってもなし得るものと遺言によってのみなし得 る行為とに分けることができます。
(ロ)
遺言によっても生前行為によってもなし得る行為
(a)
信託法上の信託 (信託法 3 条 2 項)
信託とは、 一定の目的に従って財産の管理又は処分をさせるために、 他人に財 産権の移転その他の処分をさせることをいいます (信託法 2 条1項)。
(b)
財産の処分すなわち遺贈 (民法964条) 及び一般財団法人の設立・財産の拠出 (一般社団・財団法人法 152 条 2 項、157 条1項)
財産の処分が全て許されるわけではなく、 例えば、 遺言によって借り入れをす るとか遺言により抵当権の設定契約をすることなどは認められません。 ただし、 遺言による債務免除は一種の遺贈であると考えられています。
(c)
子の認知 (民法 781 条 2 項)
任意認知は、 戸籍上の届出によって成立しますが (民法 781 条1項)、 遺言による認知の場合は、 遺言の効力が生じた時に認知の効力も生じます。
(d)
相続人の廃除又はその取消 (民法 893 条、 894 条 2 項)
(e)
祭祀の承継者の指定 (民法 897 条)
(f)
生命保険受取人の変更(保険法 44 条1項)
(ハ)
遺言によってのみなし得る行為
(a)
遺言執行者の指定又は指定の委託 (民法 1006 条)
執行者は、 一人でも数人でも構いません。 なお、 執行者が必要であるにも関わらず、 遺言による執行者の指定又は指定の委託がなされていない場合、 利害関係人の請求により家庭裁判所は執行者を選任することができます (民法 1010 条)。
(b)
後見人又は後見監督人の指定 (民法 839 条1項及び民法 848 条)
未成年者に対して、 最後に親権を行う者で管理権を有する者は、 遺言で後見人 又は後見監督人を指定することができます。
このように、 後見人又は後見監督人を指定する遺言は、 誰でもできるわけでは なく、 管理権を有する 「最後に親権を行う者」 のみがなし得ます。 したがって、 父母の共同親権に服している子については、 父母いずれも後見人指定の権能はな いことになります。
(c)
相続分の指定又は指定の委託 (民法 902 条1項)
民法は相続人の法定相続分を定めていますが (民法900条、 901条)、 被相続人は、 この法定相続分と異なる相続分を指定することができます。 なお、 遺留分については、 次項で詳述します。
(d)
遺産分割方法の指定又は指定の委託 (民法 908 条)
被相続人は、 遺言により妻には自宅土地建物、 長男には田畑、 長女には現預金 を与えるというように、 個々の財産をどのように配分するかを指定することがで きます。 また、 右のような現物分割による配分方法のみならず、 換価分割や代償 分割、 共有分割等、 分割方法を自由に指定することができます。
(e)
遺産分割の禁止 (民法 908 条)
被相続人は、 遺言により五年以内の期間を定めて、 遺産の分割を禁止することができます。
このような遺言がある場合、 共同相続人は、 その期間は協議による分割はもちろんのこと、 調停、 審判の申立もできません。
(f)
相続人の担保責任の指定 (民法 914 条)
共同相続人は、 それぞれ他の共同相続人に対し、 売主と同様の担保責任を負います (民法 911 条)。 また、 ある共同相続人が相続財産中の債権を取得した場合、 他の共同相続人は、 分割時もしくは弁済時における債務者の資力を担保しなけれ ばなりません (民法 912 条)。 さらに、 この担保責任を負う共同相続人中に資力 を有しない者があるときは、 他の全ての共同相続人が償還不能となった部分の償 還を担保しなければなりません (民法 913 条)。
以上のような共同相続人間の担保責任を被相続人が変更することができるとさ れているのです (民法 914 条)。
(2)

遺言の解釈

(イ)
解釈の意義
遺言も法律行為ですから、 他の法律行為と同様、 解釈が必要となる場合がありま す。 また、 遺言は、 相手方のない法律行為ですから、 遺言の解釈にあたっては遺言 者の真意を探究することが重要です。
しかし、 遺言はその解釈が必要となった場合、 遺言者が死亡していることが多く、 その真意を本人に確かめることが不可能な場合も少なくありません。 ここに遺言の 解釈の困難性が存在します。
(ロ)
解釈の基準
遺言の解釈においては、 遺言者の真意の探究が重要なことは上記のとおりです。
大審院昭和 14 年 10 月 13 日判決は、 遺言書の解釈に当たっては、 その文字のみに 拘泥することなく遺言者の真意を探究すべきである旨判示しています。 さらに最高 裁昭和 58 年 3 月 18 日判決は、 「遺言の解釈にあたっては、 遺言書の文言を形式的 に判断するだけでなく、 遺言者の真意を探究すべきであり、 遺言書が多数の条項か らなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、 単に遺言書の中から 当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分 ではなく、 遺言書の全記載との関連、 遺言書作成当時の事情及び遺言書の置かれて いた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきである と解するのが相当である」 と判示しています。
(3)

遺言能力

(イ)
意義
遺言は法律行為であり、 合理的な判断能力がなければ、 これらを行うことができ ません。 この遺言を有効になし得る能力を遺言能力といいます。 民法は満 15 歳に 達した者に遺言能力を認めています (民法 961 条)。
したがって、 満 15 歳に達しない者は遺言をすることはできません。 たとえ意思 能力を有する場合であっても、 その遺言は無効です。
このように、 遺言には無能力者制度の適用がありません。 その結果、 未成年者で あっても満 15 歳に達していれば、 法定代理人の同意を得ることなく遺言をするこ とができます。
また、 遺言者が成年被後見人であっても、 遺言の時に本心に復し意思能力を有し ていれば有効な遺言となります。 ただし、成年被後見人が本心に復した時において 遺言をするには、 医師二人以上の立会が要求されています (民法 973 条)。
被保佐人が借財や不動産の売却等、 民法 13 条1項各号記載の行為をするには、 保佐人の同意が必要とされていますが、 これらの行為であっても、 保佐人の同意な く有効に遺言することができます。
(ロ)
遺言能力が否定された事例
(a)
東京高裁昭和 52 年 10 月 13 日判決は、 脳溢血で倒れた老人がした公正証書遺言の効力が争われた事案です。 遺言者は脳溢血後遺症としての脳動脈硬化症があ り、 遺言当時に中程度の人格水準低下と痴呆(※判決の表現のまま)がみられ、 是 非善悪の判断能力並びに事理弁別の能力に著しい障害があったとする鑑定結果は 相当であると認められ、 有効に遺言をなし得るために必要な行為の結果を弁識判 断するだけの精神能力を欠いていたとして、 遺言は無効であると判示しました。
(b)
大阪地裁昭和 61 年4月 24 日判決は、 肝硬変と肝がんとの合併による肝不全症 状や貧血により重篤な状態で点滴中の 81 歳の老女がした公正証書遺言の効力が 争われた事案ですが、 遺言者は公正証書作成の3日前から昏睡状態で推移し、 公 正証書作成時には問いかけにうなずき、 あるいは簡単な返事で応答することがあ ったにしても、 意識状態はかなり低下し、 思考力や判断力が著しく障害された状 態であり、 本件遺言の内容がかなり詳細で多岐にわたることを併せ考えれば、 遺言作成時には遺言者はその意味内容を理解・判断するに足りるだけの意識状態を有していたとは考え難いとして、 遺言は無効であると判示しました。
(c)
宮崎地裁日南支部平成 5 年 3 月 30 日判決は、 老人性痴呆症の老女がした公正 証書遺言の効力が争われた事案ですが、 中等度以上の痴呆状態(※判決の表現の まま)にあった遺言者の精神能力は高度に障害されていること、 および遺言作成 の具体的経過から、 遺言者には遺言の対象となった土地の地番の認識がなかったことが推認されるとして、 遺言能力が欠けていたと判示しました。
(d)
名古屋高裁平成 5 年 6 月 29 日判決は、 老人性痴呆の老人がした公正証書遺言 の効力が争われた事案ですが、 遺言者は中等度ないし高度な老人性痴呆(※判決の表現のまま)の状態にあり、 正常な判断力、 理解力、 表現力を欠いていたこと、 遺産をこれまでほとんど深い付き合いがなく親族でもない第三者に受贈する動機 に乏しいことなどの事実を認定し、 遺言能力を欠いていたと判示しました。
以上のように、 裁判例の多くは、 遺言者のこれまでの生活状態、 遺言書作成の 具体的経過、 遺言者の症状についての医学的判断及びその法的評価、 遺言書の内 容などの諸事情を詳細に認定したうえで、 遺言者の遺言当時の遺言能力の有無を 判断していると言えます。
(4)

遺言の方式

遺言は、 民法に定める方式に従わなければこれをすることができません (民法 960条)。
遺言の方式には、 普通方式と特別方式があります (民法 967 条)。
普通方式には、 自筆証書遺言 (民法 968 条)、 公正証書遺言 (民法 969 条)、 秘密証書遺言 (民法 970 条) があります。
特別方式は、 死亡が危急に迫っている場合や一般社会と隔絶した場所にあるため、 普通方式による遺言ができない場合に限り認められるものです。
遺言の方式をまとめると以下のようになります。
(イ)
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、 遺言者が、 その全文、 日付及び氏名を自書し、 これに押印することによって成立します (民法 968 条1項)。 用字、 用語は略字、 略語でも外国語 でも構いません。 自筆証書遺言に財産目録を添付する場合には、その目録のみ自署 することを要せず、目録の毎葉に自署・押印することで足ります(民法 968 条 2 項) 自筆証書中の加除、 その他の変更は、 遺言者がその場所を指示し、 これを変更した 旨を付記して特にこれに署名し、 かつその変更場所に押印しなければならないこと になっています (民法 968 条 3 項)。
遺言作成の要件については、 以下のような点が問題となります。
(a)
自書
1)
自筆証書遺言は、 その名のとおり、 遺言者自らが書かなければなりません。
他人に代書させたり遺言者の口述した内容を他人が筆記したものは、 その内容 の正確性いかんに関わらず無効です。
また、 タイプライターやワープロで打ったりテープに吹き込んだものは自筆 証書としては認められません。 ただし、平成 30 年の相続法改正で後述する例外 が認められました。
2)
自書と言えるためには、 遺言者が自書能力、 すなわち文字を知りかつ筆記す る能力を有している必要があります。
3)
遺言者が他人の補助 (添え手) を受けて書いた遺言書は自筆といえるでし ょうか。
この点につき、 最高裁昭和 62 年 10 月 8 日判決は、 他人の添え手によって書か れた遺言の効力については、 自筆証書遺言が自書を要件とした民法の趣旨に照 らし、 原則として無効であるとし、 ただし、 (1)自書能力を有し、 (2)他人の添 え手が、 始筆若しくは改行にあたり若しくは字配りや行間を整えるため遺言者 の手を用紙の正しい位置に置くにとどまるか、 遺言者の手の動きが遺言者の望 みにまかされて単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、 かつ、 (3)添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡がないことが筆跡のうえで 判定できる場合には、 自書の要件を満たすものとして、 有効であると判示しま した。
(b)
全文の自書
全文とは、 遺言者の実質的内容である遺言事項を書き記した部分で、 いいかえれば本文のことです。 全文を他人が書いた場合は前記のとおり無効です。 しかし、 一部を自書し、 他人が他の部分を書いた場合の遺言の効力については争いがあり ます。 a.全文が無効となるとする説、 b.他人によって書かれた部分のみが無 効となる説、 c.他人によって書かれた部分は無効であるが、 その無効によって 全文が無効となるか否かは遺言者の意思表示の解釈の問題であるとする説、 d. 他人によって書かれた部分が全く付随的意味をもつにとどまり、 その部分を除い ても遺言の趣旨が十分表現されているときは、 遺言全体を無効とする必要はない とする説が対立しています。
自筆の遺言書に、 司法書士のタイプで記載した不動産目録が添付され、 不動産 の帰属すべき氏名が記載されている事案につき、 東京高裁昭和 59 年 3 月 22 日判 決は、 同目録は遺言書中の最も重要な部分を構成し、 それが遺言者の自書によら ない以上、 無効であると判示しました。 これは、 上記d.の考え方に立っている ものと思われます。
ただし、平成 30 年の相続法改正により、平成 31 年1月 13 日以降に作成された 自筆証書遺言においては、相続財産の目録(他人の権利を遺贈の目的としたもの を含む。)に関しては、自書する必要がなく、ワープロ等で作成することもできるものとされました。ただ、この場合にも、相続財産目録の毎葉(紙の裏面にも記載があるときは両面に)に署名捺印をする必要があります(民法 968 条2項)
(c)
日付の自書
1)
遺言者は、 遺言書作成の日付を自書しなければなりません (民法 968 条1 項)。 日付の記載が要求されるのは、 遺言者が遺言作成時に遺言能力を有して いたか否かを判断するため及び二つ以上の遺言がある場合にその先後を決定す るためです。
2)
日付は、 年月日が特定されるものであれば、 その記載方法に制限はありませ ん。 西暦でも年号でも構いません。 しかし 「吉日」 では、 日の特定ができませ んので、 無効となります。
3)
日付の記載はあるものの、 真実の遺言作成日と一致していない場合は有効で しょうか。
東京高裁平成 5 年 3 月 23 日判決は、 実際の作成日より2年近くもさかのぼ った日を作成日として記載した遺言書につき、 このような記載がなされたその 理由は明らかではないが、 単なる誤記ではないとし、 かかる不実の記載のある 遺言書は作成日の記載のない遺言書と同視すべきであるとして、 無効であると 判示しました。
一方、 最高裁昭和 52 年 11 月 21 日判決は、 昭和 48 年に死亡した遺言者が、 日付の年号を 「昭和 28 年」 と記載した事案につき、 日付記載が誤記であるこ と及び真実の作成日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、 そ の誤記は遺言を無効ならしめるものではないと判示しました。
これらを総合すると、 当該日付の記載が単なる誤記であり、 真実の作成日が 遺言の記載その他から容易に判明する場合には、 無効とならないと解されます。 しかし、 紛争を起こさないためにも、 日付は真実遺言を作成した日を記載すべ きです。
4)
日付記載の場所について特に制限はありません。
ただし、 日付が遺言書を封入した封筒に記載されている場合のように、 日付が本文と同一の書面になされていない場合は問題です。
福岡高裁昭和 27 年 2 月 27 日判決は、 日付は必ずしも遺言書の本文に自書す るの要なく、 遺言者が遺言の全文及び氏名を自書し印を押し、 これを封筒に入 れて、 その印章をもって封印し、 封筒に日付を自書したような場合は、 日付の 自書ありと解してよいと判示しました。
結局、 封筒が遺言書と一体性を有するか否かがポイントになると思われます。
(d)
氏名の自書
氏名は、 戸籍上の氏名と同一である必要はなく、 通称、 雅号、 ペンネーム、 芸 名などであっても遺言者と特定できるのであれば有効です。
また、 氏と名ともに記載されるのが通常ですが、 どちらかだけでも遺言者を特 定できる場合には有効です。
(e)
押印
1)
押印のない遺言書は無効です。
最高裁昭和 49 年 12 月 24 日判決は、 英文の自筆証書に遺言者の署名はある が押印を欠く事案において、 遺言者は遺言書作成の約1年9か月前に日本に帰 化した白系ロシア人で、 約 40 年間日本に居住していたが、 主としてロシア語 又は英語を使用し、 日本語はかたことを話すにすぎず、 交際相手は少数の日本 人を除いてヨーロッパ人に限られ、 日常の生活もまたヨーロッパの様式に従い、 印章を使用するのは官庁に提出する書類等に先方から押印を要求されるものに 限られていた等の事情があるときには、 遺言書は有効と解すべきであると判示 しました。 しかし、 これは特異な事案と位置付けるべきです。
2)
押印は実印による必要はなく、 認印でも構いません。
また、 指印も有効と考えられています (最高裁平成元年2月 16 日判決)。
他方,花押を書くことは,押印には該当しないと考えられています(最高裁平 成28年6月3日判決)
3)
押印も遺言者本人によってなされるのが原則ですが、 他人が遺言者の依頼に より、 その面前で押印した場合は有効と考えられます。
4)
遺言書が数枚にわたる場合、 契印 (割印) があることが望ましいといえます が、 契印は要件ではありませんから、 契印がなされていなくても有効です。
(f)
加除その他の変更
前記のとおり、 遺言書に加除その他の変更を加えたときは、 遺言者がその場所を指示し、 変更した旨を付記してこれに署名し、 さらにその変更の場所に押印し なければなりません (民法 968 条 3 項)。 ところが、 我が国の場合、 証書作成手 続における加除変更の方式は、 変更された場所に押印し、 証書の欄外に訂正した 旨を付記して押印して行われるのが一般です。 従って、 通常の加除変更方式に比 べ、 民法 968 条3項は、 厳格な方式を要求していることになります。
判例のなかには、 加除・変更の方式に従っていない遺言書であっても、 これを 有効とするものがみられ、 要式緩和の一つの現れといえます (最高裁昭和 56 年 12月18日判決、 大阪高裁昭和44年11月17日判決等)。
(g)
自筆証書遺言のメリット・デメリット
自筆証書遺言は、 文字の書ける人であれば誰でも作成でき、 費用もかからず、しかも作成の事実を誰にも知られないなどのメリットがあります。 しかし、 方式 不備で無効とされる可能性が高く、 その内容の真意が争われる可能性も高いとい えます。 また、 公証役場に保存されるわけではないため、 そのままでは、偽造、 変造、 紛失、 滅失のおそれがあるという大きなデメリットがあります。
(h)
自筆証書遺言の保管制度
後述する公正証書遺言が公証人役場に保管されるのに対し、自筆証書遺言は、上記のとおり、遺言者本人や親族が保管している場合、紛失、滅失は勿論、偽造、 変造の可能性も払拭できません。
そこで、令和 2 年 7 月 10 日より、「法務局における遺言書の保管等に関する法 律」(以下「遺言書保管法」と言います。)が施行され、法務局による自筆証書遺 言の保管制度が利用可能になりました。
これを利用する場合、遺言者は、自己の自筆証書遺言を法務局の遺言書保管官 に提出し、保管申請をします(遺言書保管法4条1項)。
遺言書は無封の状態で提出され、遺言書保管官は、遺言が民法 968 条の自筆証 書遺言の方式を満たしているかどうかを外形的に審査するほか、法務省令で定め る書類を提示させるなどして、当該遺言が申請者本人が作成したものであること を確認します(遺言書保管法 5 条)。
他方、遺言保管官は、最終的に遺言が有効といえるかどうか、或いは、その内 容が遺言者のニーズに適合しているか等の実質的判断は行いません。
提出された遺言については、遺言書保管官は、遺言書を遺言書保管ファイルに デジタルデータの形で保管します(遺言書保管法 7 条)。保管遺言が災害等によ り滅失することを防ぐためです。
遺言者は、その生前に、法務局に出頭して、自由に保管された遺言書の閲覧を 求め(遺言書保管法 6 条 2 項)、更に、管理申請の撤回(遺言書保管法 8 条)を することもできます。これに対し、遺言者以外の者は、遺言書の閲覧等をするこ とはできません。自筆証書遺言保管制度は、遺言者以外の者が自筆証書遺言を破 棄、変造等することを防止する制度だからです。
遺言者死亡後は、遺言者の相続人、受遺者、遺言執行者等は、遺言書保管ファ イルに保管されている事項を証明する「遺言書情報証明書」の交付を遺言書保管 官に請求することができます(遺言書保管法 9 条1項)。
他方、遺言者死亡後は、何人も遺言書保管官に対し、遺言書保管ファイル中の 情報のうち、遺言書記載の作成年月日、遺言書保管所の名称及び保管番号を証明 する「遺言書保管事実証明書」を請求することができます(遺言書保管法 10 条)。
本制度により保管された自筆証書遺言に関しては、検認手続(民法 1004 条1項) は不要とされています(遺言書保管法 11 条)。保管申請時に、当該遺言が民法の 求める方式を備えていることは、遺言書保管官により確認済みであるからです。
(ロ)
公正証書遺言
公正証書による遺言は、 a.証人2名以上の立会いがあること、 b.遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること、 c.公証人がその遺言者が口述した内容を筆記 し、 これを遺言者及び証人に読み聞かせること、 d.遺言者及び証人が筆記の正確 なことを承認した後、 各自これに署名、 押印すること、 e.公証人がその証書が適 式な手続に従って作成されたものである旨を付記して、 これに署名、 押印すること によって成立します (民法 969 条)。
(a)
証人の立会
1)
2名以上の証人の立会が必要であり、 かつ、証人は遺言の作成手続の最初か ら最後まで立ち会っている必要があります。
2)
証人の資格
次に掲げる者は、 遺言の証人とはなり得ません (民法 974 条)。
イ.
未成年者
未成年者は法定代理人の許可があっても証人・立会人となることができません。 ただし、 婚姻によって成年とみなされた者は欠格者ではないと解すべきです。
ロ.
推定相続人・受遺者及びその配偶者並びに直系血族
これらの者は当該遺言に強い利害関係を持つことから欠格者とされていま す。 これらの者は当該遺言に関しての欠格者であり、 絶対的欠格者である未 成年者に対し、 相対的欠格者と呼ばれます。
ハ.
公証人の配偶者、 四親等内の親族、 書記及び雇人
これらの者は遺言者と直接の利害関係を持ちませんが、 遺言の秘密を知る機会を持ち、 かつ公証人の親族上又は職務上の影響の範囲内にあることから、欠格者とされています。
(b)
遺言の趣旨の口授
1)
遺言者は遺言の趣旨を公証人に口授しなければなりません。 遺言の趣旨とは、 遺言の内容のことであり、 口授とは、 言語をもって述べること、 すなわち口頭 で述べることをいいます。 したがって、 手話や身ぶりまた、 発問に対してうな ずく行為などは口授にあたりません。
2)
口授に用いる言語は日本語に限らず外国語でも構いません。 ただし、 公正証 書は日本語で作成されますので、 外国語による口授の場合には、 通事 (通訳) を立ち会わせる必要があります (公証人法 29 条)。 公証人が当該外国語を理解 できる場合であっても同様と考えられています。
3)
口授は、 遺言内容の全てにわたって詳細になされる必要はありません。 遺言 の概要が述べられる程度で構いません。
4)
口がきけない者が遺言をする場合には、公証人及び証人の前で遺言の趣旨を 通訳人の通訳により申述し、又は自書することで口授に代えることができます。
(c)
口述内容の筆記
法律上は、 公証人が遺言者が口述した内容をその場で筆記することが要求されているかとも思われますが、 実際は、 遺言者が公証役場に来て喋る内容をその場 で公証人が筆記する方法で作成されることはほとんどなく、 公証実務では、 予め 登記簿謄本などを添えた原稿で遺言内容を証書に作っておき、 後日、 遺言者にそ の要領を言わせて確かめる方法で作成されています。
(d)
遺言者及び証人の承認、 署名、 押印
1)
遺言者及び証人は、 筆記の正確なことを承認した後、 各自これに署名押印し なければなりません (民法 969 条 4 号)。 公証人法 28 条は、 公証人が嘱託人で ある遺言者と面識がない場合には、 遺言者の確認のために、 「印鑑登録証明書 の提出、 その他これに準すべき確実な方法」 を要求しています。 実務上は、 遺 言者は印鑑登録証明書を提出することがほとんどであり、 押印は実印によって 行っています。 しかし、 証人にはこの規定の適用がありませんので、 押印は実 印である必要はありません。
2)
遺言者が署名することができないときは、 公証人がその事由を付記して、 署 名に代えることができます (民法 969 条4号ただし書)。
(e)
公正証書遺言のメリット
公正証書遺言は、 その原本が公証人役場に 20 年間(その後も保存の必要がある場合はその事由のある間)保存され、 紛失、 滅失などのおそれがありません。 ま た、 専門家が関与するため、 遺言者の意思を正確に実現することができ、 また方 式の違反によって遺言が無効とされる可能性もたいへん低いといえます。 手続的 にも、 一見面倒そうに見えますが、 実務的にはたいへん簡単なものとなっていま すので、 遺言は原則公正証書遺言によるべきです。
(ハ)
秘密証書遺言
秘密証書遺言は、 a.遺言者がその証書に署名押印すること、 b.遺言者がその証書を封じ、 証書に用いた印章でこれに封印すること、 c.遺言者が公証人1人及 び証人2人以上の面前に封書を提出して、 それが自己の遺言書である旨並びにその 筆者の氏名及び住所を申述すること、 言語を発することができない者であるときに は、 遺言者がこの申述に代えて封書に自書すること、 d.公証人がその証書の提出された日付及び遺言者の申述 (言語を発し得ない者が自書した場合にはその旨) を 封紙に記載した後、 遺言者及び証人とともに署名押印することにより成立します (民法 970 条、 972 条)。
(a)
遺言者の署名押印
遺言者が遺言証書に署名・押印することが必要とされているのは、 遺言者が誰であるかを明らかにするためです。 署名は遺言者自らなすことを要し、 他人をし てなさしめることはできません。 押印については、 自筆証書遺言の場合と同様に、 実印である必要はなく、 認印、 三文判であっても差し支えありません。 民法は遺 言者の署名押印以外に遺言証書の作成手続についてなんら規定していません。 し たがって、 遺言書は自書されたものである必要はなく、 他人の書いたものやパソ コン等の機械を用いて作成したものであっても差し支えありません。
(b)
遺言書の封入・封印
遺言書の封入は遺言者自らがなすべきですが、 遺言者がその面前で他人に命じて封入することも差し支えないと解されています。 また、 封印には証書に用いた 印章を使用しなければならず、 異なる印章の場合は秘密証書遺言として無効とな ってしまいます。
(c)
封書の提出・申述
遺言者は、 公証人1人及び証人2人以上の面前に封書を提出して、 それが自己 の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述しなければなりません。
しかし、 公証人及び証人は、 遺言の内容を知ることは要求されていませんし、 現 にそこまではなされていません。 したがって、 公証人は、 署名が遺言者自身によ るものか否か等、 要式の不備をチェックすることもできませんし、 受遺者が証人 となっている場合のように、 証人の欠格事由をチェックすることも困難であると いう問題が生じます。
(d)
公証人の記載と公証人・遺言者・証人の署名・押印
公証人は、証書が提出された日付と遺言者の申述を封書に記載し、遺言者及び証人とともにこれに署名・押印します。
遺言者の署名は必ず自身でしなければなりません。 公正証書遺言の場合 (民法 969 条4号ただし書) のように、 公証人がその事由を付記して署名に代えること は許されません。
(e)
証人の資格
秘密証書遺言においては、 証人 2 人以上を要しますが、 この証人となりうる資格は、 公正証書遺言における証人の資格と同一です。
したがって、 未成年者、推定相続人、 受遺者及びその配偶者並びに直系血族、公証人の配偶者、 四親等内の親族、 書記及び雇人は、 証人となり得ません (民法974 条)。
(f)
秘密証書遺言のメリット・デメリット
秘密証書遺言は、 遺言書の存在を明らかにしながら、 内容を秘密にしておける というメリットがありますが、 手続が面倒である割には遺言の効力が争いになる おそれがあり、 また、 公証人役場に保存させるものではないため、 紛失、 滅失等 の危険があるというデメリットがあります。
(ニ)
危急時遺言
危急時遺言は遺言者に死亡の危険が迫って自ら遺言書を自署したり署名押印ができない場合に許される例外的な遺言です。 危急時遺言は、 一般危急時遺言 (一般臨 終遺言、 死亡危急者遺言) (民法 976 条) と難船危急時遺言 (難船臨終遺言、 船舶 遭難者遺言) (民法 979 条) とに分かれ、 両者は要件、 方式などについて若干の差 異があります。
(a)
一般危急時遺言
疫病その他の事由によって、 死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、 a.証人3人以上の立会があること、 b.その1人に遺言の趣旨を口授する こと、 c.口授を受けた者がこれを筆記し、 遺言者及び他の証人に読み聞かせ、 又は閲覧させること、 d.各証人がその筆記の正確なことを承認した後、 署名、 押印すること、 e.遺言の日から 20 日以内に証人の1人又は利害関係人から家庭 裁判所にその確認の請求をすること、 f.確認の請求を受けた家庭裁判所が遺言 が遺言者の真意に出たものとの心証を得て確認することの要件をみたす必要があ ります (民法 976 条)。
1)
死亡の危急にあること
死亡の危急の原因は制限されていません。 必ずしも医学的その他客観的に死亡の危急がある必要はなく、 遺言者自身に死亡の原因となりうる相当な事由が あり、 死亡の危急が迫っていることを遺言者が自覚している程度で足ります。
2)
証人3人以上の立会いがあること
公正証書遺言及び秘密証書遺言では、 証人は2人以上で足りますが、 一般危 急時遺言では3人以上要します。 医師の立会は要求されていません。 この証人 の資格は、 公正証書遺言及び秘密証書遺言における証人の資格と同一です (民 法 974 条、 前記(ロ)(a) 2)参照)。
したがって、 欠格証人が立ち会った遺言は無効です。 しかし、 立ち会った証 人が3人以上であり、 そのうちに証人適格者が3人以上おれば、 他に欠格者が いても、 適式な遺言となることは当然です。
3)
証人の1人に対する遺言の趣旨の口授
遺言者は証人の 1 人に遺言の趣旨を口授しなければなりません。 口授能力、 口授の程度、 方法は公正証書遺言の場合と同様です (前記10(4)(ロ)(b)参照)。
口がきけない者が遺言をする場合には、証人の前で遺言の趣旨を通訳人の通訳 により申述して口授に代えることができます。又、遺言者又は他の証人が耳が 聞こえない者である場合、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、筆記した 内容を通訳人の通訳により遺言者又は他の証人に伝えることができます。
4)
証人の署名・押印
この証人の署名は必ず本人が自署すべく、 他人が代わって署名することは許 されません。
押印についても、 証人本人が行うのが原則ですが、 証人の指示に基づきその 面前で押印した場合には有効とされるべきでしょう。 また、 押印に用いる印章 に制限はなく、 実印はもちろんのこと、 認印や指印でも構いません。
5)
遺言作成後の確認
一般危急時遺言は、 遺言の日から 20 日以内に証人の1人又は利害関係人か ら家庭裁判所に請求してその確認を得なければ効力がなく、 家庭裁判所はその遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ確認することができません (民法976条4項、 5項)。
(b)
難船危急時遺言
難船危急時遺言は、 船舶遭難の際、 在船者で死亡の危急に迫っている者に許さ れるもので、 危急時遺言より一層簡略な方式が認められています。 すなわち、 証 人2人以上の立会を得て、 遺言者が口頭で遺言をし(口がきけない者が遺言をす る場合は、通訳人の通訳により行います)、証人が遺言の趣旨を筆記し、 これに 署名・押印することでなされ (民法 979 条1項、2 項)、 筆記が遺言者の面前ない しその場でなされることも、 筆記を遺言者及び証人に読み聞かせることも必要で はありません。 また、 家庭裁判所の確認は必要ですが、 証人の 1 人又は利害関係 人から遅滞なく家庭裁判所に請求すれば足り、 危急時遺言のように、 遺言の日か ら 20 日以内との制限はありません (民法 979 条 3 項)。
(ホ)
隔絶地遺言
(a)
隔絶地遺言とは、 危急時遺言のように死亡の危急が迫っているとの事情はないが、 一般社会との交通を遮断された者がなす遺言です。 これは、 伝染病のために 隔離された地域にある場合に行われる伝染病隔離者遺言 (民法977条) と船舶と いう隔離された場所にある場合に行われる在船者遺言 (民法978条) とがあります。
伝染病隔離者遺言に関する民法 977 条は 「伝染病のため」 とありますが、 伝染 病に限らず、 一般社会との交通が事実上又は法律上自由になし得ない場所にある 場合すべてを含むと解されています。 したがって、 刑務所内にある者、 戦闘・暴 動・災害などのような事実上の交通途絶地にある者なども含まれます。 そのため、 伝染病隔離者遺言は一般隔絶地遺言とも呼ばれます。
(b)
伝染病隔離者遺言 (一般隔絶地遺言) は、 警察官1人及び証人1人の立会をも ってなすことができます (民法 977 条)。
(c)
在船者遺言は、 船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会をもってなすこと ができます (民法 978 条)。
(5)

遺言の効力

(イ)
遺言の効力発生時期
遺言は、 遺言者の死亡した時からその効力を生じます (民法 985 条1項)。 また、 遺言者は何時でも遺言の方式に従ってその遺言の全部又は一部を撤回することがで き (民法1022条)、 その遺言の撤回権を放棄することはできません (民法1026条)。 したがって、 遺言によってある財産を取得することになっている者でも、 遺言者の 生存中はいつでも取消される可能性があり、 法律上何らの権利も有していないこと になります。
(ロ)
遺言の無効、 取消
(a)
無効
遺言の無効とは、 遺言時から遺言としての効力を生じないことをいいます。 遺 言の無効について、 民法に特別の規定があるわけではありませんが、 一般に、 a. 遺言が方式を欠くとき (民法 960 条)、 b.遺言者が遺言無能力者 (満 15 歳未満) であるとき (民法 961 条)、 c.遺言者が遺言の真意を欠くとき、 d.遺言の内容 が法律上許されないとき、 具体的には、 公序良俗に反するもの (民法 90 条)、 受 遺欠格者 (民法 965 条、 891 条) に対する遺贈等は無効とされます。
また、 特殊な無効として、 被後見人が後見の計算の終了前に後見人又はその配 偶者もしくは直系卑属の利益となるべき遺言をしたときは、 その遺言は無効とさ れます (民法 966 条)。
(b)
取消
遺言については、 無能力に関する規定の適用はありません (前記(3)(イ)参照)。 したがって、 無能力を理由とする取消はありません。 これに対し、 詐欺・強迫 (民法 96 条) によってなされた遺言は、 当然取り消すことができます。
(6)

遺言の撤回

(イ)
遺言者は何時でも遺言の方式に従って、 その遺言の全部又は一部を取り消すこと ができます (民法 1022 条)。
遺言は、 人の最終意思に法的効果を認めようとするものです。 現実には、 死亡の 瞬間において意思表示をすることは通常不可能もしくは著しく困難であるので、 生 前に遺言者があらかじめ遺言という形で意思表示をし、 遺言者が死亡した場合にはその遺言を遺言者の最終意思と認めることになります。 しかし、 遺言の作成と遺言 者の死亡との間には時間的間隔があることが少なくないため、 遺言者は、 生前はい つでもその意思を変更して遺言を撤回することができるのです。 遺言者は、 遺言の 取消権を放棄することはできません (民法 1026 条)。
(ロ)
撤回擬制
前の遺言と後の遺言と抵触するときは、 その抵触する部分については後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなされます (民法 1023 条)。 また、 遺言者が故意に 遺言書を破棄した部分については、 遺言を取消したものとみなされます (民法1024 条)。
(7)

遺贈

(イ)
遺贈の性質
遺贈とは、 遺言者が遺言によって自己の財産の全部又は一部を特定の人に無償で 与える行為をいいます。 遺贈は遺言によってなされる相手方なき単独行為であり、 死後行為です。 贈与も無償の財産譲渡という点で遺贈と共通しますが、 贈与は契約 であり、 かつ生前行為である点で異なります。 また、 死因贈与は、 遺贈に類似して いますが、 契約である点で単独行為である遺贈と異なります。
(ロ)
受遺者と遺贈義務者
遺贈の利益を受ける者を受遺者と呼び、 遺贈の実行すべき義務を負う者を遺贈義務者と呼びます。
(a)
受遺者
受遺者は相続人その他の自然人のみならず、 会社などの法人も含むと解されて います。 また、 胎児も受遺者となります (民法965条、 886条)。 しかし、 相続欠 格者 (民法 891 条) は、 受遺者にもなれません (民法 965 条)。
受遺者は、 遺言の効力発生の時に生存していること要します (同時存在の原 則)。 遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは遺言は効力を生じません (民 法 994 条1項)。 なお、 遺言者と受遺者が同時に死亡したときにも遺言は効力を 生じません。 停止条件付遺贈の場合は、 受遺者が条件成就前に死亡したときは効 力を生じません。 ただし、 遺言者が別段の意思表示をしたときはその意思に従う ことになります (民法 994 条 2 項)。
(b)
遺贈義務者
遺贈義務者は原則として相続人です。 包括受遺者 (民法 990 条)、 相続財産法人の遺産管理人 (民法 952 条) も遺贈義務者となり得ます。 遺言執行者があれば遺贈義務者となります (民法 1015 条、 1012 条)。
(ハ)
遺贈の無効・取消
(a)
遺贈の無効
遺贈は、 遺言による贈与であり、 遺言は、 一個の意思表示からなる単独の法律行為ですから、 一般の意思表示ないし法律行為の無効または取消に関する規定が 準用されます。 また、 それとは別に、 遺贈には、 遺贈特有の無効原因が三つ規定 されています。 その第一は、 遺言者の死亡以前に受遺者が死亡した場合 (民法 994 条1項) であり、 第二は、 停止条件付遺贈において、 その条件の成就前に受 遺者が死亡した場合 (民法 994 条 2 項) であり、 第三は、 遺贈の目的たる権利が 遺言者死亡の時、 相続財産に属していない場合 (民法 996 条) です。 しかし、 遺 贈が、 その効力を生じないとき、 又は放棄によってその効力がなくなったときは、 受遺者が受けるべきであったものは、 相続人に帰属するものとされていますが、 遺言者が、 その遺言によって別段の意思表示をしていたときは、 その意思に従う ものとされています (民法 995 条ただし書)。
(b)
遺贈の取消
遺贈の取消に関しては、 民法は負担付遺贈について、 「負担付遺贈を受けた者が、 その負担した義務を履行しないときは、 相続人は、 相当の期間を定めて履行 を催告し、 若し、 その期間内に履行がないときは、 遺言の取消を家庭裁判所に請 求することができる」 (民法 1027 条) 旨を規定しているに止まっています。 そし て、 取消により遺贈が効力を生じないときは、 受遺者が遺贈を放棄した場合と同 様、 受遺者が受けるべきであった権利は、 遺言に別段の定めがない限り相続人に 帰属することになります (民法 995 条)。
(ニ)
遺贈の承認と放棄
遺贈は単独行為であり、 原則として遺言者の死亡の時に効力を生ずるものとされていますが (民法 985 条)、 そのために受遺者は遺贈を受けることを強制されるわ けではありません。 受遺者は、 遺贈を承認するか放棄するかの自由を有します (民法 986 条)。 しかし、 受遺者が長期間、 放棄も承認もせずにいると、 遺贈義務者の 地位は不安定になるため、 遺贈義務者その他の利害関係人には、 受遺者に対して、 遺贈を承認するか放棄するかを催告する権利が認められています (民法 987 条)。
受遺者が承認または放棄しないときは、 遺贈義務者その他の利害関係人は、 相当の 期間を定め、 その期間内に遺贈の承認または放棄をすべき旨を受遺者に催告するこ とができ、 もし、 その期間内に受遺者が遺贈義務者に対して、 その意思を表示しな いときは、 遺贈を承認したものとみなされます (民法 987 条)。 また、 受遺者が遺 贈の承認または放棄をしないで死亡したときは、 遺言者がその遺言に別段の定めを していない限り、 その相続人は自己の相続権の範囲内で承認または放棄することが できます (民法 988 条)。 しかし、 一度なされた承認または放棄は、 意思表示の瑕 疵もしくは無能力を理由とする取消のほかは撤回できません (民法 989 条)。 また、 遺贈が放棄されたときは、 遺贈無効の場合と同様、 遺言に別段の定めがない限り、 受遺者が受けるべきであった権利は遺言者の相続人に帰属します (民法 995 条)。
(ホ)
包括遺贈と特定遺贈
包括遺贈とは、 例えば 「遺産の何分の一を甲に、 何分の一を乙に与える」 というように、 遺産の全部またはその分数的部分ないし抽象的割合を指示するにとどまり、 目的物を特定しないでする遺贈をいいます。 これに対し、 特定遺贈は、 例えば 「自 宅土地を甲に与える」 というように、 特定の具体的な財産的利益を対象とする遺贈 をいいます (民法 964 条)。 両者の主たる相違は、 包括受遺者が相続人と同一の権 利義務を取得する (民法990条) とされて積極・消極両財産を承継するのに対し、 特定遺贈は積極財産だけを承継する点にあります。 また、 その他の効果についても さまざまな違いがあります。 したがって、 特定の遺贈が包括遺贈であるか特定遺贈 であるかの区別は、 その効果に違いが生じるため重要ですが、 その判断は必ずしも 容易ではありません。 両者の区別に際しては、 遺言の文言のみならず、 その他一切 の事情から遺言者の真意を合理的に解釈して決すべきです。
(a)
包括遺贈の効力
包括受遺者は相続人ではありませんが、 民法 990 条は 「相続人と同一の権利義務を有する」 と規定しています。 したがって、 包括受遺者は相続人と同じく、 遺 言者の一身専属権を除き、 すべての財産上の権利義務を包括的かつ当然に受遺分の割合で承継します。 ほかに相続人または包括遺贈者があるときは、 これらの者 と共同相続したのと同一の法律状態を生じます (民法898条、 899条)。 この状態 は遺産分割によって解消することになります。
しかし、 包括受遺者は相続人そのものではなく、 相続人と同一の権利義務を有 するとされているにとどまり、 受遺者としての性格を持つため、 すべての点で同 一に扱われるわけではありません。 両者には以下のような差異があります。
1)
法人と包括遺贈
法人は相続人にはなり得ませんが、 包括受遺者にはなり得ます。
2)
遺留分及び代襲
包括受遺者は、 相続人と異なり遺留分を有しません (遺留分については 11項参照)。 また、 代襲者にもなり得ません。
3)
保険金受取人
保険金受取人として 「相続人」 という指定がなされている場合、 包括受遺者 は、 そこにいう 「相続人」 には含まれません (東京高裁昭和 36 年 6 月 28 日判 決)。
(b)
特定遺贈の効力
1)
不特定物または非相続財産
特定遺贈の目的物が金銭その他の不特定物または相続財産でない場合には、 遺贈は債権的効力を生ずるにすぎません。 すなわち、 受遺者は遺贈された物の 権利の移転を遺贈義務者に対して請求する権利を取得するにとどまります。 し かし、 遺言執行者が遺贈義務の履行として目的物を特定した場合には、 それと 同時に所有権が移転することになります。
2)
相続財産に属する特定物
相続財産に属する特定物または特定債権が遺贈の目的とされている場合、 いつその権利が受遺者に移転するかについては争いがあります。 遺贈の効力が発 生するときであるとする物権的効力説と遺贈そのものによっては受遺者に対す る相続人の権利移転債務が生ずるだけであって、 相続人があらためて権利移転 に必要な行為をすることによりはじめて受遺者に移るとする債権的効力説とが あります。
判例は、 物権的効力説をとっています (大審院昭和 15 年 2 月 13 日判決等)。
(8)

遺言の執行

(イ)
意義
遺言の執行とは、 遺言が効力を生じた後に、 遺言の内容を法的に実現するのに必要な処理をすることをいいます。 後見人又は後見監督人の指定 (民法 839 条、 848 条)、 相続分の指定またはその委託 (民法 902 条)、 遺産分割の禁止 (民法 908 条)、 相続人間の担保責任の指定 (民法 914 条)、 遺言執行者の指定またはその委託 (民 法 1006 条1項)、 遺留分減殺の制限 (民法 1034 条ただし書) などの遺言は、 遺言 の効力発生とともに当然に遺言の内容が実現され、 特別な手続を必要としません。
しかし、 遺言が効力を生じても、 その内容は当然に実現されず、 これに必要な手続 を経てはじめて現実化するものが多く、 必ず遺言執行者が執行しなければならない ものもあります。 たとえば、 死後認知の届出 (戸籍法 64 条)、 相続人の廃除または その取消の家庭裁判所に対する申立 (民法 893 条、 894 条) などは、 遺言執行者が なすべきものと定められています。
(ロ)
執行の準備手続 (遺言書の検認・開封)
(a)
遺言を執行するに際しては、 準備手続として遺言書の検認および開封の制度が設けられています。 この手続は、 公正証書遺言以外のすべての方式の遺言につい て必要であり (民法 1004 条2項)、 また遺言執行者による執行に限らず、 すべて の遺言執行について必要とされます。
遺言書の検認・開封は、 遺言書の成立と存在を明確にし、 後日における遺言書 の偽造・変造を防ぐ目的のために必要とされています。
(b)
検認
1)
遺言書の保管者又は遺言書を発見した相続人は、 相続の開始を知り、 あるい は遺言書を発見した後、 遅滞なくこれを家庭裁判所に提出して、 その検認を請 求しなければなりません (民法 1004 条1項)。
2)
この検認の申立は、 相続開始地 (被相続人の住所) の家庭裁判所に対して行 います (家事事件手続法 209 条 1 項)。
3)
検認の申立があると、 家庭裁判所は期日を定めて申立人を呼び出すことにな ります。 検認手続は開封手続と異なり、 相続人又はその代理人の立会は必須の 要件ではありません。
(c)
遺言書の開封
1)
封印のある遺言書は、 家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会をも ってしなければ開封することができず (民法 1004 条 3 項)、 家庭裁判所外にお いて開封したものは過科に処せられます (民法 1005 条)。 封印のある遺言書と は、 封に印が押捺されている遺言書をいいます。 単に封入された遺言書はこれ に含まれません。 この場合、 検認手続のみが必要となります。 秘密証書遺言は 封印することが要件とされていますから (民法 970 条)、 常に開封手続を要し ます。
2)
家庭裁判所は、 開封の期日を定めて、 相続人全員又はその代理人に期日呼出 状を発してその告知をしなければなりません。 もっとも、 開封と検認とは同一 の手続で行われるのが一般です。 実務では、 家庭裁判所は提出された戸籍謄本 によって相続人を確認したうえ、 検認期日を定めて、 相続人に検認期日呼出状 を発してその告知をしています。
これらの者に立会の機会を与えた以上、 現実にその立会がなくとも開封および 検認手続は実施できます。
(ハ)
遺言執行者
(a)
意義
遺言者は遺言で、 1人または数人の遺言執行者を指定し、 またはその指定を第 三者に委託することができます (民法 1006 条1項)。 これを指定遺言執行者とい います。 指定遺言執行者が最初から存在しないとき、 または一度就職した者が死 亡その他の事由で存在しなくなったときは、 家庭裁判所が利害関係人の請求によ ってこれを選任することができます (民法 1010 条)。 これを選定遺言執行者とい います。
(b)
指定遺言執行者
1)
指定の方法
遺言執行者の指定は必ず遺言によらなければなりません。 遺言の内容、 遺言 の作成された経緯など、 諸般の事情を総合して遺言執行者の指定がなされてい ると判断できれば足り、 必ずしも遺言執行者という表示をする必要はありませ ん。 なお、 指定の遺言が効力を生じても、 指定された者には遺言執行者となる か否かの諾否の自由があり、 指定された者が承諾することによって遺言執行者 となります (民法 1007 条)。
ただし、 相続人その他の利害関係人は、 相当の期間を定めてその期間内に承 認するか否か確答すべきことを催告することができ、 その期間内に遺言執行者 が確答しなかったときは承諾したものとみなされます (民法 1008 条)。
2)
遺言執行者の資格
未成年者及び破産者は、 遺言執行者となり得ません (民法 1009 条)。 相続人 が遺言執行者となれるかについては争いがありますが、 相続人の廃除のように 相続人たる資格と相容れないような内容の遺言以外については、 相続人を遺言 執行者としても格別の不都合はなく、 相続人も遺言執行者となり得るとする見 解が一般的といえます。
(c)
選定遺言執行者
1)
意義
遺言執行者が遺言で指定されていないとき、 または指定された遺言執行者が 死亡その他でなくなったときは、 家庭裁判所は利害関係人の請求によって遺言 執行者を選任することができます (民法 1010 条)。
2)
選任手続
イ.
利害関係人が相続開始地の家庭裁判所に対して遺言執行者選任の申立をす ることになります。
ロ.
利害関係人とは、 相続人、 受遺者、 これらの者の債権者または不在者財産 管理人、 相続債権者および相続財産管理人等を指します。
ハ.
家庭裁判所は、 遺言の内容から遺言の執行を必要とし、 その他遺言執行者 選任の要件をみたす場合には、 遺言執行者選任の審判を行います。 なお、 遺言執行者選任の審判をするには、 必ず候補者の意見を聴かなければなりません (家事事件手続法 210 条 2 項)。
(d)
遺言執行者の職務権限
1)
財産目録の作成
遺言執行者は、 遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付し、 また相続人の請求があるときは、 その立会のもとに財産目録を作成し、 もしくは公証 人にこれを作成させなければなりません (民法 1011 条)。 公証人に財産目録を 作成させる場合には、 相続人を立会させなければならないとされています。 財 産目録作成の方式についてはとくに規定はありませんが、 資産及び負債をとも に掲げ、 かつ作成の日付を記載し、 遺言執行者が署名するものとされています。
2)
遺言の執行
民法 1012 条1項は、 遺言執行者は、 遺言の内容を実現するため、相続財産の 管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するとして、 遺 言執行者の権利義務について一般的に規定しています。
しかし、 遺言の内容を実現することすなわち遺言の執行は遺言の内容によっ て異なり、 すべての遺言執行者がかかる権限を有するわけではありません。 遺 言の事項によって個別に判断する必要があります。
イ.
遺言認知
遺言認知がなされている場合、 遺言執行者は、 就職の日から 10 日以内に戸籍上の届出をしなければなりません (戸籍法 64 条)。 なお、 成年の子の場 合にはその承諾 (民法 782 条)、 胎児の認知の場合にはその母の承諾 (民法 783条1項)、 成年の直系卑属を残して死亡した子の認知の場合にはその直系 卑属の承諾 (民法 783 条2項) が必要ですが、 この承諾を得ることも遺言執 行者の職務です。
ロ.
相続人の廃除および廃除の取消
遺言による相続人の廃除 (民法893条) および廃除の取消 (民法894条2項) については、 遺言執行者はその請求を家庭裁判所になし、 その確定を待 って戸籍上の届出をする必要があります (戸籍法 97 条、 63 条1項)。 なお、 この審判が確定するまでの間、 遺言執行者は利害関係人として、 家庭裁判所に対して、 相続財産管理人の選任その他相続財産の管理に必要な処分を請求 することができます (民法 895 条)。
ハ.
執行を要しない事項
相続分の指定及びその委託 (民法 902 条)、 特別受益者の相続分に関する 意思表示 (民法 903 条 3 項)、 遺産分割方法の指定またはその委託 (民法 908 条)、 遺産分割の禁止 (民法 908 条)、 遺留分減殺の制限 (民法 1034 条ただ し書) については格別な執行を要しないとされています。 また、 後見人の指 定及び後見監督人の指定は、 遺言の効力が発生すると同時に効力が生じ、 戸 籍上の届出も後見人、 後見監督人がなすべきものとされています (戸籍法81 条、 85 条)。
(e)
遺言執行者の解任・辞任
遺言執行者が任務を怠ったとき、 その他正当な事由があるときは、 利害関係人の請求によって、 家庭裁判所は遺言執行者を解任することができます (民法1019 条1項、 家事事件手続法別表第一 106 項)。 また、 遺言執行者は正当な事由があ るときは、 家庭裁判所の許可を得て辞任することができます (民法 1019 条2項、 家事事件手続法別表第一 107 項)。 指定遺言執行者であると選定遺言執行者であ るとを問いません。
(ニ)
遺言執行者に対する報酬と遺言の執行に関する費用
遺言執行者に対する報酬は、 遺言者が遺言で定めることもできますが、 それが定められていないときは、 相続財産の状況、 その他諸般の事情を考慮して家庭裁判所 が定めることができます (民法 1018 条、 家事事件手続法別表第一 105 項)。
また、 遺言の執行に要する費用は、 相続人の遺留分を害しない範囲で相続財産の 負担とするものと定められています (民法 1021 条)。