相続問題の専門知識

遺産の名義変更

具体的な預貯金の解約手続き

具体的な預貯金の解約手続きについて

3. 相続が起こったので預貯金の解約手続きをしたいのですが、その前に当面の葬儀費用などのためにATMから現金を引き出しておこうと思います。何か問題はありますか。

被相続人の相続発生と同時に、被相続人名義の口座内の預貯金は、相続財産(遺産)となります。 後述のとおり、預貯金の解約手続きは、遺言がある場合と遺言がない場合とで大きく異なりますが、いずれにせよ一部の相続人が他の相続人に無断で、相続財産(遺産)である預貯金を引き出した場合、他の相続人との関係でトラブルになることが予想されます。 民事上は、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求がなされる可能性があります。また、最悪の場合、遺産の使い込みとして横領罪に問われるなど、刑事事件に発展する可能性もないとはいえません。

4. 相続が起こったので預貯金の解約手続きをしたいと思います。どのように手続きをすすめたらいいですか。

預貯金の解約手続きをする場合、(1)遺言があるかないか、また遺言がある場合には、(2)遺言執行者がいるかいないかによって具体的な手続きが異なります。

まずは、以下のフローチャートをご覧ください。

5. 遺言がない場合、預貯金の解約手続きはどのようにすればよいですか。

遺言がない場合、被相続人の死亡と同時に遺産は、法定相続人全員の共有(準共有)状態となります。 そのため、預貯金の解約手続きを進めるにあたっては、法定相続人全員による手続きが必要となります。 一般的には、法定相続人全員で遺産分割協議を行い、預貯金をどのように分配するかを決定した後、その協議に基づいた遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書の作成については、(「遺産分割協議書の作成」)をご参照ください。 そのうえで、原則として相続人全員が共同して預貯金の解約手続きを金融機関に依頼することとなります。 その際の必要書類は、各金融機関で異なりますが、戸籍謄本など以外に、各金融機関所定の書類を提出することが求められます。

代表的な必要書類については、Q8をご参照ください。

6. 遺言で遺言執行者が定められています。この場合、預貯金の解約手続きはどのようにすればよいですか。

遺言執行者が定められている場合、預貯金解約の手続きは、遺言執行者が主導して行います。 遺言執行者には、全相続人及び受遺者を代表して中立の立場で職務を行う権限と義務があり、遺言執行者の職務を相続人や受遺者が代わりに行うことはできません。 遺言執行者は、遺言の執行に必要な範囲で、一切の行為を行う権利義務を有しており、預貯金の解約手続きを単独で行うことが可能です。

具体的には、遺言執行者が必要書類等を各金融機関に提出し、相続手続を依頼することとなります。また、相続人及び受遺者は、遺言執行者が進める手続に協力しなければなりません。

なお、必要書類については、Q8をご参照ください。

7. 遺言はありますが、遺言執行者の定めはありません。この場合、預貯金の解約手続きはどのようにすればよいですか?

遺言執行者が定められていない場合、原則として、相続人及び受遺者が共同で、金融機関に、相続手続きを依頼し、解約手続きを進めることとなります。したがって、他の共同相続人や受遺者の協力を得ることが必要になります。 また、遺言で遺言執行者が定められていない場合、相続人等の利害関係人は、家庭裁判所に対して遺言執行者の選任を申し立てることができます(民法1010条)。この手続きを経て、遺言執行者が選任された場合の手続きは、Q6の場合と同様です。

8. 預貯金の解約手続きで提出しなければならない必要書類等を教えてください。

代表的な必要書類等は以下のとおりです。 相続手続きは、金融機関ごとに扱いが異なるため、必要書類等も金融機関によって異なってくる可能性があります。

以下に記載したものは、あくまで代表的な必要書類等です。手続きを行う際は、事前に金融機関に必要書類等をご確認ください。

必要書類等(代表的なもの)

共通して必要なもの

1. 「相続手続依頼書」等、各金融機関所定の書類
2. 被相続人の除籍謄本
3. 解約を希望する口座の預金通帳、証書、キャッシュカード等

遺言がある場合に必要なもの(1~3に加えて)

4. 遺言書
5. 検認済証明書(自筆証書遺言の場合。自筆証書遺言についてはQ9をご参照ください。)

遺言がない場合に必要なもの(1~3に加えて)

6. 遺産分割協議書(相続人全員の署名及び実印による押印)
7. 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、改製原戸籍謄本
8. 代襲相続人がいる場合は、被代襲者の出生から死亡までの戸籍謄本、改製原戸籍謄本
9. 相続人全員の実印
10. 相続人全員の印鑑証明書

9. 遺言の種類によって手続きに違いはありますか?

遺言には、大きく分けて、公正証書遺言と自筆証書遺言があります。自筆証書遺言については、遺言の変造や隠匿の可能性があるため、遺言書の現状(方式・記載などの外部的状態)を確認し、証拠を保全する「検認」という手続きが用意されています(民法1004条)。 したがって、自筆証書遺言を用いて手続きをする場合は、検認済み証明書の添付が求められます。

遺言書の種類及び検認手続については、「遺言書の検認」ページをご参照ください。

10. 遺言がない場合でも、被相続人の預貯金について、相続人間で当然に分割されるため、遺産分割協議書は不要であると聞いたことがあるのですが、本当ですか。

従来の判例(最判昭29年4月8日 民集8-4-819)では、「相続財産中の可分債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する。」とされていました。 この判例を前提とすると、相続開始と同時に、預貯金債権は当然に相続人に対して相続分に応じて分割され、遺産分割協議の対象となる遺産には該当しないため、各相続人が法定相続分に応じた預貯金の解約払戻しをすることもできると解されていました。

他方、金融機関における一般的な取扱いとしては、遺言がない場合、相続人全員の署名及び実印による押印のある遺産分割協議書の提出が求められ、一部の相続人のみによる解約払戻しには応じないという慣例となっていました。 したがって、金融機関における実務の運用と裁判所による法的判断との間にはズレが生じていました。 しかし、この点につき、近年、大きな判例変更がありました。

新しい判例(最大決平成28年12月1日 金融法務事情2061号68頁)において、最高裁は、従前の判断を覆し、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」と判断しました。

この判例によると、預貯金債権は遺産分割協議の対象となる遺産として扱われるため、上記判例の見解は、預貯金の名義変更手続きの際、遺産分割協議書等相続人全員の合意を示す書面の提出を求めるという従前の金融機関の運用に沿うものと思われます。 したがって、遺言がない場合、原則の手続きとしては相続人全員の署名及び実印による押印のある遺産分割協議書の提出が求められることになると考えられます。

具体的な必要書類については、相続手続きを依頼する金融機関にご確認ください。

11. 相続手続きを行う際に、戸籍の提出が不要となると聞いたのですが、本当ですか。

平成29年5月29日(月)より、「法定相続情報証明制度」が始まります。 この制度により発行される「法定相続情報一覧図」は、戸籍類一式に代わる書類の効力を有するものとされています。

この「法定相続情報一覧図」は、Q8記載の必要書類のうち、(2)被相続人の除籍謄本、(7)被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、改製原戸籍謄本、(8)代襲相続人がいる場合は、被代襲者の出生から死亡までの戸籍謄本、改製原戸籍謄本の代わりの書類として扱われることとされています。

従来は、預貯金の解約の手続きを行う際、上記の戸籍類一式を各金融機関に提出する必要があったところ、法定相続情報証明制度の開始により、法定相続情報一覧図を提出することで戸籍類一式の提出は不要となると思われます。 なお、法定相続情報一覧図の発行のためには、一度戸籍謄本類一式を揃え、相続関係を確定する必要があるため、相続手続において戸籍謄本類の収集自体が不要になるわけではありません。

法定相続情報一覧図の扱いについては、金融機関ごとに異なる可能性があります。具体的な手続きを行う際は、事前に金融機関にご確認ください。