遺産相続トピックス
相続税対策としての海外移住とは?10年ルールと最新実務の注意点
2025.12.09
1.はじめに
日本を拠点とする富裕層の間では、長年にわたって「海外移住を活用した相続税・贈与税の負担軽減」が一つの選択肢として検討されてきました。特に相続税に関しては、制度自体が存在しない国もある一方、日本の場合は最高税率が55%と高水準であることから、居住地や資産を海外に移すことにより税負担を軽減できるのではないか、という期待が生じやすい分野であると言えます。
もっとも、近年では制度及び税務運用が厳格化・明文化され、以前のように、単純に“5年を超えて海外に居住すれば国外財産について日本の相続税が課税されない”といった理解が通用していた時代はすでに過去のものとなっています。
本稿では、2025年10月時点における実務ポイントを整理し、海外移住を検討する際の留意点を解説します。
2.海外移住による節税手段と法改正
(1)従前の制度(5年ルール)
被相続人が日本国内に有する財産(国内財産)については、被相続人及び相続人の居住地に関わらず相続税の課税対象となります。
他方、被相続人が国外に有する財産(国外財産)については課税対象にならないわけではなく、被相続人(例えば、親)又は相続人(例えば、子)が日本国籍を有する場合において、相続の開始前5年以内に日本国内に住所を有していた場合には、相続開始時において被相続人又は相続人が日本国内に住所を有していなかった場合であっても相続税の課税対象となる、とされていました。
(2)節税目的の移住の構図
上記の点は、言い換えると、被相続人・相続人がともに5年を超えて日本国外に居住すれば国外財産については原則として日本の相続税が課税されない、すなわち、日本での課税を免れる余地があるということでした。
そのため、実際に、資産を海外に移し、居住先・資産管理の拠点を海外に置くことを検討・実行する富裕層も存在しました。
(3)法制度・税務運用の変化(10年ルール)
こうした海外移住を巡る動きを背景として、平成29年度税制改正により、被相続人又は相続人のいずれかが、相続の開始前「10年以内」に日本国内に住所を有していた場合には、相続開始時において被相続人又は相続人が日本国内に住所を有していなかった場合であっても、国外財産を含め、日本の相続税について納税義務を負うという取扱いが導入されました。
その結果、被相続人及び相続人がともに、10年を超えて海外に居住し、かつ、日本国内に生活の本拠があると認められないなどの要件を満たす場合には、原則として被相続人の国外財産について日本の相続税が課税されない取扱いとされています。
※なお、相続人が外国籍であり、かつ、被相続人が相続開始前10年以内に日本に住所を有していない場合には、原則として被相続人の国外財産について日本の相続税は課税されない取扱いとされています。
3.2025年現在の実務上の留意点
(1)「住所」判定の実務的ポイント
- 海外に移住していたとしても、日本に住居・家族・事業・資産がある場合、「日本国内に住所がある」と判断される可能性があります。
- すなわち、実務上、「住所」とは、「各人の生活の本拠」をいい、国内に「生活の本拠」があるかどうかについては客観的事実(住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍等)によって判断されるため、たとえ「半年以上海外に滞在」していても、日本に家族が残る・事業所がある・資産管理が続いている場合には、国内住所ありと判断される可能性があります。
- このように、移住年数だけを「5年」「10年」といった数字のみで判断することは適切ではありません。居住実態(家族の同行・住居の定置・生活拠点の移転)を証明できる証拠整理が求められます。
- そのため、移住前には「住所を移す」「国内拠点を閉じる」「資産構造を整理する」など、全体的な資産移転設計が不可欠です。
(2)国内財産の存在と課税リスク
- 海外移住を検討する際、国内に株式・預貯金・不動産等の財産を残している場合は、移住後であっても、当該国内財産については日本の相続税の課税対象となります。
- 実務では「国内財産をどう整理するか」が移住前の節税設計の重要ポイントとなっています。
(3)相続税以外の関連制度・手続
- 移住による節税を検討する際には、相続税のみならず、贈与税や申告期限、納税管理人の選任、国外送金に関する税務上の取扱いなど、関連する制度も含めた検討が必要です。
- 海外資産を保有する場合には、国外財産調書や財産債務調書の提出義務との関係にも留意する必要があります。
- 2024年4月に施行された「相続登記義務化」制度や、デジタル資産問題、海外資産の情報提供制度(CRS等)との関連で、移住後に想定外の負担や義務が生じるリスクも高まっています。
- 税務・法務・資産移転・生活設計を一体的に検討することが、近年の実務では常識となっています。
(4)移住先の税制
- 海外移住による節税を検討する際には、日本の相続税のみならず、移住先の国における税制にも十分な注意が必要です。
- 移住先の国の税制を十分に理解しないまま移住を進めた結果、想定以上の税負担を負ってしまう可能性もあります。
(5)今後の法改正のリスク
- 相続税と海外移住を巡る現行の制度は、過去の改正経緯を見ても明らかなとおり、今後も維持されるとは限らず、社会情勢や政策的要請次第では、要件の見直しや、新たな課税ルールが導入される可能性も否定できません。
- このように海外移住による相続税対策は、将来的な法改正リスクを内包している点に注意が必要です。
4.まとめ
海外移住により相続税の負担を軽減できるという考え方は、かつて一定の実効性がありました。しかし、2025年10月時点では、居住要件等が複雑かつ厳格になっており、単純な移住だけでは節税を実現できない時代となっています。
相続税対策を検討される際には、早期に弁護士・税理士・司法書士などの専門家と連携し、資産構成・移住計画・税務申告・登記・海外資産の管理を含めたトータル設計を行うことが望まれます。
当事務所では、海外移住・資産移転を含む相続税対策・相続手続・国際資産対応を一貫してサポートいたします。どうぞお気軽にご相談ください。







