遺産相続トピックス

遺産相続の際の普通預金、通常貯金、定期貯金の取扱いについての最新判例

2017.09.01

遺産相続の際の普通預金、通常貯金、定期貯金の取扱いについての最新判例|遺産相続の専門的な情報

遺産相続の際の普通預金、通常貯金、定期貯金の取扱いについての最新判例
(最高裁平成28年12月19日決定)

遺産相続というとほとんど全ての場合に手続が必要となる預貯金の取扱いについて、最近(平成28年12月19日)、相続実務に大きな影響を与える最高裁判例の変更がありましたので、ご紹介します。

預貯金の相続に関するこれまでの判例と実務の取扱い

相続人が複数いる場合、これまでは、お金の支払いのように複数で分割して請求できる権利(可分債権といいます)は、遺産分けの話合いをしなくても、複数の相続人に、法律(民法)で決められた相続割合(法定相続分といいます)で自動的に分割され、それぞれの相続人がそれぞれの法定相続分に応じて支払を請求できるとされていました(最高裁昭和29年4月8日判決)。
この昭和29年判例を踏まえて、それぞれの相続人がそれぞれの法定相続分に応じて、銀行に預貯金の払戻しを請求できることが明らかにされました(最高裁平成16年4月20日判決)。

とはいえ、遺産分割調停や遺産分割の審判を含めた遺産相続の実務では、相続人全員が合意すれば、預貯金を遺産分けの対象にすることが認められていました。
そのため、上記の判例は、相続人同士の仲が悪いとか、行方不明の相続人がいるなどの事情で、遺産分けの話合いができない、あるいは、預貯金を遺産分けの対象にする合意ができない場合に、自分の法定相続分だけ払戻しを請求できる点に意味がありました。

一方、銀行実務では、相続人から法定相続分だけの預貯金の払戻請求がなされても、上記の判例があるにもかかわらず、銀行がこれに応じず、相続人が銀行を相手取って訴訟を提起しなければ払戻しをしてもらえないというケースが少なからずありました。

預貯金は現金とほとんど変わらないため、一般的な感覚からは、これまでの実務での取扱いの方が受け入れやすく、合意がないと遺産分けの対象にならないという上記の判例の考え方に違和感を覚える方も少なくないと思われます。

最新判例の事実関係

最新判例の事実関係は、要約すると次のとおりです。

亡くなった人(被相続人といいます)の相続人は2人だけで、法定相続分はそれぞれ2分の1ずつです。 被相続人の遺産は、マンションの1室の共有持分(評価額約258万円)と、都市銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金・定期貯金合計約4000万円でした。ところで、相続人のうちの1人は、被相続人から5500万円の現金を生前贈与でもらっていました。
なお、被相続人の遺言書はありませんでした。

このような事実関係のもとで、第1審とその上訴審である第2審はいずれも、それまでの判例に従って、次のように判断をしました。

  1. 預貯金は、2人の相続人の合意がない限り、遺産分けの対象にすることはできない。
  2. 遺産分けの話合いをしなくても、被相続人の死亡によって法定相続分に応じて、自動的に2人の相続人に分割されている(相続人が各自、銀行に対して自分の法定相続分である2分の1の払戻しを請求できる)から、マンションの1室だけが遺産分割の対象になる。
  3. 相続人のうちの1人は既に十分な生前贈与をしてもらっているから、このマンションの1室は、生前贈与をしてもらっていない方の相続人がもらうべき。

この考え方によると、2人の相続人が被相続人からもらうことになる財産額は次のようになります。

生前贈与をしてもらった相続人

生前贈与の現金5500万円+2等分された預貯金2000万円
=合計7500万円

生前贈与をしてもらっていない相続人

評価額258万円のマンションの1室+2等分された預貯金2000万円 =2258万円

これまでの判例に従えば、本件の場合、相続人間で財産の取り分にこのように5200万円以上もの差がついてしまいました。

最新判例の結論

これまでの判例の考え方によると、このケースのように不公平な結果となることについて批判がありました。 そこで、最新判例に至ってようやく、相続人間の公平に配慮するため、これまでの判例(平成16年判例)を変更し、お金の支払いを請求する権利の中でも「普通預金」と「通常貯金」は特殊なものと考えて、いわゆる可分債権ではないということにして、「普通預金」と「通常貯金」について、相続開始と同時に自動的に分割されることはなく、相続人全員の合意がなくても、遺産分けの対象になるとしました。

また、ゆうちょ銀行の「定期貯金」についても、いわゆる可分債権ではないと考えて、相続開始と同時に自動的に分割されることはなく、相続人全員の合意がなくても、遺産分けの対象になることを明らかにしました。

なお、最新判例は、これまでの判例(平成16年判例)が「普通預金」や「通常貯金」をいわゆる可分債権にあたるとしていた点を変更しただけで、いわゆる可分債権が遺産分けの対象にならず、相続人に自動的に分割されるとの判例(昭和29年判例)まで変更したものではありません。

また、最新判例によって判例が変更になったからといって、既に解決済みの遺産分割調停や遺産分割の審判を含めた遺産分けの効力が否定されるなどの影響を受けることはありません。

最新判例の考え方はどこまで及ぶか?

以上のような最新判例の考え方によると、ゆうちょ銀行の定期貯金だけでなく、その他の金融機関の定期預金や定期貯金についても同じように、相続開始と同時に自動的に分割されることはなく、相続人全員の合意がなくても、遺産分けの対象になるものと考えられます。

ちなみに、定額郵便貯金(最高裁平成22年10月8日判決)、委託者指図型投資信託の受益権・個人向け国債(最高裁平成26年2月25日判決)、委託者指図型投資信託の受益権につき相続開始後に発生した元本償還金等に関する預り金(最高裁平成26年12月12日判決)については、既に、相続開始と同時に自動的に分割されることはなく、相続人全員の合意がなくても、遺産分けの対象になるという判例があります。

最新判例のメリットとデメリット

最新判例は、相続人全員の合意がなくても、預貯金が遺産分けの対象となることを認めるもので、一般的な感覚と一致し、遺産分けを公平にしやすくなるメリットがあります。
しかし反面、これまでは、預貯金を払い戻すことについて相続人全員の合意が得られない場合に、被相続人が負担していたローンなどの支払いや、お葬式の費用や配偶者など相続人の当面の生活費、相続税などの諸費用を支払うために、各自の相続分で預貯金を払い戻すことができていたのが、今後はこのような払戻しができなくなるというデメリットがあります。

最新判例のデメリットの対策

相続人全員の合意により遺産分けが完了する前に預貯金を払い戻す必要がある場合の対策としては、「審判前の保全処分」(家事事件手続法20条2項)という手続を活用して、暫定的に預貯金の払戻しを認めてもらうということが考えられます。

ただ、このような手続があるとはいっても、そもそも相続人全員の合意で遺産分けが完了しないという事態にならないように、生前から対策しておくことがやはり重要です。
この点、適切な内容の遺言書があれば、相続人間で遺産分けの話合いをする必要がなくなり、遺言執行者の権限で預貯金の払戻しなどの相続手続を完了させることができることから、遺言書の作成・管理・執行をトータルでサポートする遺言信託が最も有効な対策の一つといえます。